『中国市場の構造変革の本質』と『インバウンド市場の今後』 を凝縮して学ぼう!
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自動車を超える観光産業を掴め ~15兆円市場のヒント~
一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 代表理事 事務局長
株式会社USPジャパン 代表取締役社長
新津 研一 氏
インバウンド市場は今後も拡大、国際イベント開催の後押しも
2018年の訪日外国人旅行消費額は4兆5,000億円と過去最高となった。政府はこれを2030年に15兆円とする目標を掲げており、インバウンド市場は自動車の輸出額と肩を並べる規模へ拡大する。我々は日本の輸出産業の一員として、大手自動車メーカーが取り組んできたのと同じスケールで市場育成に臨む必要がある。今回のセミナーでは、中国市場の話題を中心に2019年の訪日市場では何が起き、我々は何をしなければならないのかをお話ししたい。
2018年は台風による被害で関西国際空港が機能停止に陥り、地震により北海道内全域で大停電(ブラックアウト)が起こったが、訪日客数は順調に伸びて前年比8.7%増だった。2019年も2桁増が見込まれる。
国・地域別訪日客数は1位が中国、2位が韓国でいずれも700万人を超えた。3位の台湾、4位の香港、5位の米国、6位のタイは「100万人~500万人」の市場グループ、7位のオーストラリアから15位のフランスまでは「30万人~50万人」の市場グループだ。「30万人~50万人」の市場グループは、以前の中国と同等規模に成長している。特にベトナムのお客様は富裕層が多く、中国のお客様と同じくらい買物をしている。
2019年以降は、ラグビー・ワールドカップや東京五輪、大阪万博など国際イベントの開催が目白押しだ。インバウンド市場はさらに広がる可能性に満ちている。
春節・国慶節が中国人訪日客のピークではない
中国については、性別や年齢、職業、居住地域などを踏まえてセグメントをしないと対応できない大きなマーケットになっている。2019年1月の全国百貨店の免税売上高は中国の法律改正の影響などにより減少したが、春節期間は復調傾向が見られた。
ここで改めて確認しておきたい。日本企業の中国市場のご担当者は、いつも春節と国慶節の話ばかりされる。しかし、訪日客数の月別推移(合計)を見ると、1~2月の春節期間は訪日客数のボトムであり、国慶節がある10月もピークではない。増えるのは桜の季節と夏季だ。「1月や春節期間の数字が落ちた。どうすればいいか?」といった問い合わせをいただくことがあるが、こうした当たり前のデータを見ていない。4月にはタイの旧正月「ソンクラーン」で同国からのお客様が増えるだろう。また、ベトナムやマレーシアからのお客様はいつ増加するのか。客数の波を見るだけでも、より深掘りした対応が可能となる。
「電子商取引法」でソーシャルバイヤーが軒並み撤退
直近の中国市場の状況を振り返ってみよう。中国の「電子商取引法」の改正を前に、2018年の12月20日頃から2019年1月まで、ソーシャルバイヤーと呼ばれる個人の転売事業者が一斉に購入を控えた。その影響がドラッグストアやディスカウントストアを中心に日本の小売業の売上にも及んだ。
同法の趣旨はEコマースの振興であり、消費者保護を強く打ち出している。対象となる事業者、販売方法の規制、配送責任、個人情報の取り扱いなどを厳しく定め、プラットフォーマーや出店事業者に義務を課す内容だ。2次流通で適切に納税しない、あるいは正しいルートを通さない事業者は撤退に追い込まれた。
大手ECモールに出店する個人バイヤーは軒並み撤退し、一部は「Weibo(ウェイボー)」「WeChat(ウィーチャット)」といったSNS内での販売に移行した。国が監視を強めてアカウントを閉鎖するといった噂が流れたため、現在では表だって商売をする人はほぼいなくなっている。
一方、同法を契機に中国の大手ECモールに出店するメーカーが増えた。卸売業の場合は、同法によって物流が混乱した上、数量も単価も低下して総扱い高が激減。メーカーのEコマースへの進出もあって旨味が減った格好だ。
なお、よく代行ビッグバイヤーがいなくなった影響について聞かれるが、実は訪日客の免税販売額への影響は限定的とも見える。先の見込みがないソーシャルバイヤーへの対応に注力するより、一般の訪日客の市場にもう少し目を向けてみてもよいのではないか。
中国のビザ緩和や新航路開設、消費税増税が追い風
次に2019年の訪日市場の展望について見てみよう。中国からの訪日客は確実に増加する。
理由は様々ある。一つが中国における訪日ビザ取得の緩和だ。これまで3年以内に2回以上訪日した人は、メールなどで申し込むだけで比較的簡単にビザが取得できるようになった。加えて学生向けのビザ申請も緩和され、これらの施策により2019年1月のビザ取得者数は前年比で6割増えた。中国航空会社の日本路線が急拡大することも増加を後押ししそうだ。中国当局の公表資料によれば、2019年の年初3週間に開設認可を受けた日本行きの直行便は少なくとも46路線に上り、いずれも2~3月の就航を予定している。
日本側の動きとして挙げられるのは、いわゆる「出国税」の導入だ。海外へ出国する人から1人あたり1,000円を徴収する。これによって国は500億円の新たな財源を得ることになり、すべて訪日を促す環境整備に充てられる。
2019年10月に消費税増税が予定されていることにも注目したい。国内消費者には逆風だが、インバウンドにとっては追い風となる。免税店での訪日客の支払い実額は変わらないが、見た目上、増税分が得になっていると訴求できるためだ。見た目が変われば、国際的な観光市場における他国との競合で優位となる。増税による国内売上の減少は不可避だが、インバウンドで十分に補える可能性はある。
免税制度改正もインバウンドにとってプラスに働く。これまで店舗でしか免税販売ができなかったが、お祭りや競技イベント開催、クルーズ船の寄港などの際に、簡素な手続きで免税販売が可能になった(臨時免税店制度)。
インバウンド振興に業界全体で取り組むメリット
市場の状況や環境の変化を概観してきたが、ここからは皆さんが何をすべきかを一緒に考えてみよう。冒頭でも触れたように、2018年の訪日客の旅行消費額は過去最高を更新したが、買物消費は前年より700億円も縮小している。その一方で、百貨店の免税取扱高は前年より700億円、25%増えている。ここに一つのヒントがあるかもしれない。
百貨店協会の中にはインバウンド専門の委員会があり、15年間、インバウンド振興に取り組み続けている。その分野は「マーケティング調査」「受け入れ環境整備」「販売促進」「政策提言」「商品・資源開発」の5領域に大別できる。これらを全て、業界をあげて実施している。中でもポイントとなるのは、ガイドブック、プロモーションビデオ、ノベルティグッズなどの作成、旅行博覧会への出展といった「販売促進」だ。こうした取り組みは、一社単独でやるよりも断然効果が高い。
「政策提言」も同様だ。免税制度を提言したのは百貨店だが、売上を伸ばすためにはまだまだ課題は多い。企業が個別に声を上げるだけでは改善しない。業界全体で大きな声として政府にアピールする必要がある。企業個々の努力は欠かせないが、業界一丸となっての地道な取り組みが百貨店のインバウンド市場を伸ばす成果につながっているのは間違いない。
訪日客が増えたきっかけは、2007年の「観光立国推進基本法」の施行に遡る。これを受けて安倍政権は2016年に「明日の日本を支える観光ビジョン」を打ち出し、毎年施策が実施された結果、訪日客3,000万人が達成された。しかし、この観光ビジョンの中に「商業=ショッピング」の文字は見当たらない。これが商業の売上に結びつかない根本的な原因となっている。
インバウンドにおける商業の振興に政府の目を向けさせるためにも、業界としての取り組みが求められる。その意味で、本セミナーのように業界に「場」を提供するプラネットの存在意義は大きい。
訪日客の関心と向き合えているか
自社が訪日客と本当に向き合えているかについても、改めて自問していただきたい。毎年、多くの訪日客が広島を訪れている。広島駅前にショップを構えていて、自社製品を売り込もうとする場合、訪日客へのアプローチの方法は様々あるが、決して忘れてならないのは、彼らの多くが「平和を祈りに来ている」ということだ。要は訪日客が何に「関心」を持っているのかを踏まえて取り組む必要がある。平和を祈りに来ている人に「10%オフなのでお買い得です」「中国でも売れている商品です」では的外れだろう。「広島に来ていただいてありがとう。当社の製品を購入したら売上の1%を平和実現のために寄付します」「奉納用の折り鶴を折ってみませんか」といったアプローチの方がよほど響くに違いない。訪日客の関心がどこにあるのか、もう一歩踏み込んで考察し、的確にニーズを捉えた商品・サービスの提供に取り組んで欲しい。
※2018年(暦年)の訪日外国人旅行消費額は4兆5,064億円 訪日外国人消費動向調査(観光庁) PDF版
※2017年(年ベース)の自動車の輸出額は11兆8,254億円 貿易統計(財務省)
※2018年(1~12月分)の自動車部品の輸出額は6兆4,127億円 輸出入統計(一般社団法人日本自動車部品工業会)