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現場訪問

プラネットのEDI サービスは企業間をシステムでつなぎ、取引に必要なデータ交換を可能にします。その「EDI」が「いい出会い」と読めることにちなんで、お客様の現場を訪問してお話をうかがい、つながりを深めるコーナーです。※役職等は取材当時のものです

今回訪問したのは…

フェザー安全剃刀株式会社様

「フェザーミュージアム」

ご利用のサービス基幹EDI      

「両刃カミソリ」の使用済み替刃約17,000枚を使った「カミソリウォール」※刃は抜かれています
所在地 : 〒501-3873 
岐阜県関市日ノ出町1丁目17番地
営業時間 : 9:30~16:00(最終入館時間)※団体の方はあらかじめお問い合わせください
休館日 : 毎週火曜日 ※夏期休暇・年末年始の社休日、その他臨時休館する場合があります
入館料 : 無料
HP : feather-museum.com
(最新の情報、アクセスは、HPでご確認ください)

〝切る〞を知る、学ぶ、体験する

 フェザー安全剃刀株式会社が運営する「フェザーミュージアム」は、岐阜県関市にあります。関は鎌倉時代に刀祖・元重が移り住んで刀鍛冶を始めて以来700年ほどの伝統を受け継ぐ刃物の名産地です。
 フェザーミュージアムは、同社が長年集めてきた資料や古い機械を保管する「カミソリ資料室」から始まりました(1981年)。同社副社長・後藤明弘氏が「創業以来、フェザーは〝切る〞という行為を中心に技術を磨き続けてきました」と語るように、その歩みを「社内だけに留めず広く伝えたい」という故・第10代社長岸田昌久氏の思いから、2000年に「カミソリ文化伝承館」として一般公開されました。
 創業の地・関に建てられたこの施設では、理美容や医療の道具、歴代のカミソリ、寄贈された床屋椅子などが時代ごとの〝切る文化〞を立体的に示し、見ているだけで人の暮らしの変化が浮かび上がる施設として親しまれてきました。
 その後、展示内容の充実を目的に、2016年に現在の「フェザーミュージアム」へと発展しました。ここでは、替刃式カミソリや医療用メス、産業用刃物など、同社が広げてきた事業領域の広さを実感できます。後藤副社長は「〝切る〞という行為の意味を、生活と産業の両面から感じてもらえる場所です」と語ってくださいました。地元小学生の校外学習にも活用されており、刃物の扱い方や安全性、ものづくりの大切さを伝える教育の場としても機能しています。単なる企業博物館ではなく、刃物文化を未来へつなぐ拠点として〝刃物のまち・関〞とともに育ってきました。
 館内を巡ると、創業以来守り続けてきた「切れ味」「安全性」「国産品質」という価値が、展示物の一つひとつから静かに伝わってきます。刃物が人の暮らしをどう支えてきたのか――。その答えを、実物資料とともに体感できるミュージアムです。「難しい知識がなくても楽しめます。気軽にお越しください」(後藤副社長)。専門的でありながら、誰でも楽しめる魅力があり、関のまちを訪れる際には、ぜひ立ち寄りたい施設です。

● 巨大オブジェがお出迎え

エントランスを入ると創業時から販売を続ける「両刃カミソリ」のオブジェ(ジャイアントフェザー)が出迎えてくれます。カミソリと医療用メスを巨大化したオブジェの前(写真奥)は記念撮影コーナーです。

● ミュージアムの 案内役“ひげ博士"

「フェザーミュージアム」マスコットキャラクターの“ひげ博士"は、第10代社長の故・岸田昌久氏がモデル。

● 「切る」の秘密

“押し切る"“はさみ切る"“けずり切る"を安全に体験しながら、刃物の切れる仕組みを学べます。

● フェザーの歴代製品を一望

“創業時からのフェザーの歩みと、過去の製品から最新製品までのエピソードを交えて見学できる「フェザー・ヒストリー」コーナー。

● 国内外より1万点以上を収蔵

昔の床屋椅子・サイン、電気パーマ機をはじめ、国内外から集めた昔のカミソリ、医療道具など、貴重な収蔵品を見学できます。

● 世界が認める超精密刃物

国内トップシェアの“手術用刃物" のほか“病理・解剖用刃物"“産業用刃物"など多様な用途の刃物を展示。

刃物のまち・関

関鍛冶伝承 700年に及ぶ関鍛冶の匠の技を、映像・資料・展示により紹介
春日神社 鎌倉時代に奈良・春日大社の分霊を迎え創建。
刀匠のまち・関の守護神として崇敬されている

関市(岐阜県)は「西のゾーリンゲン(ドイツ)、東の関」と称される世界有数の刃物産地です。刃物関連施設が各所にあり、刃物文化を学べます。毎年10月に「刃物まつり」が開催されるほか、“いい刃の日"として知られる11月8日の「刃物の日」には、使い古された包丁や刃物を供養する伝統行事「刃物供養祭」で賑わいます。 写真提供 一般社団法人関市観光協会

訪問を終えて

「メイド・イン・ジャパン」のこだわりや繊細な技術力、そして妥協のない品質管理で生産された同社「両刃カミソリ」は、海外からのニーズが高いそうです。インドでは僧侶に人気で、さらにお布施にも使われることがあるとうかがい、文化の違いを感じました。
株式会社プラネット 
経営管理ユニット シニアエキスパート

角田 賢紀

Interview

国産替刃の矜持
未来へ磨くフェザーの技

1932年、関の技術者と大阪の商人が「国産の替刃カミソリを作る」という志を掲げて創業したフェザー安全剃刀株式会社。理美容、医療、工業へと事業領域を広げながら、国内生産と品質へのこだわりを貫いています。海外需要が伸びる今も、日本の厳しい基準を満たす技術を磨き続ける同社の現在と未来を、代表取締役副社長・後藤明弘氏に伺いました。

フェザー安全剃刀株式会社
代表取締役副社長

後藤 明弘 氏

創業の原点は技術者と商人の協働

―― 関(岐阜県)で創業し、数年後には本社を大阪に移転しています。貴社の生い立ちを教えてください。

後藤 当社は1932年、関の技術者と大阪の商人が「国産の替刃カミソリを作ろう」と手を組んだことから始まりました。当時、替刃はほぼ外国製で国内に製造会社はありませんでした。技術者が製造を担い、大阪の商人が資本と販売を担う形で会社を立ち上げたのです。関は大阪との往来が多く商人文化が根付いた土地で、創業家の一人・小阪利雄は大阪で成功した商人でした。 技術担当の遠藤斎治朗は関の出身で、二人の協働が当社のルーツです。1953年には社名を「フェザー安全剃刀株式会社」に変更し、「羽根(フェザー)で頬をなでるような優しい剃り心地」を表す羽根の商標が生まれました。

替刃式が広げた道 理美容から医療・工業へ

―― 一般消費者向けから理美容、メディカル、工業用へと事業を広げた経緯を教えてください。

後藤 原点は「研いで使う刃物文化を替刃式に変える」という発想でした。床屋の研ぎ作業をなくし、常に同じ切れ味を提供できる替刃式は理美容の現場で受け入れられました。その後、医療現場から「メスも替刃式に」という声をいただき、医療用メスにも展開しました。販売は問屋制度を活用し、全国の理美容店や病院へ広がりました。一般向けでは男性用は海外勢が強いため、女性用カミソリやセルフカット用品、介護向けのムダ毛ケアなど新しい需要に対応しています。さらに、精密な切れ味を求める産業からの引き合いで、ICチップのウェハー切断や食品加工機械など工業用刃物の領域も広がりました。

―― 事業構成や変化する市場への向き合い方について教えてください。

後藤 売上の約6割が海外向けで、数量では8割が輸出用です。人口規模の違いから海外需要が大きく、生産も海外向けが中心です。ただし国内市場は依然重要で、日本のユーザーや医師の要求は非常に厳しく、国内で評価される品質は世界でも通用すると考えています。国内では業務用が約半分を占めています。床屋の減少や髭剃りのオプション化など課題はありますが、女性用や介護向 けなど新しい領域を広げ、生活者の変化に合わせた商品展開を続けています。

メイド・イン・ジャパン 国産品質を未来へ

―― 製品開発や生産体制はどのように進めているのですか。

後藤 当社の製品はすべて国内生産です。海外進出の話もありましたが、創業以来「日本で作り、日本で売る」という原点を守り、繊細な品質管理を徹底しています。鋼材は半分が国産で、柔らかい鋼材をプレス成形し、熱処理で硬くする工程を経て刃を作ります。関と美濃の2工場で一貫生産し、医療用は美濃でパッケージングまで行います。創業時に分業だった工程をすべて自社で担う体制が品質を支えています。

―― 将来に向けてのお考えをお聞かせください。

後藤 今後もメイド・イン・ジャパンを貫きつつ、革新的な技術を取り入れ、日本でしか作れない製品を追求したいと考えています。
 コロナ禍では国内生産のおかげで欠品なく供給でき、国内製造の価値を再認識しました。人材確保にも力を入れ、離職率の低さを強みに仲間を増やしたいと思っています。AIやITを活用し、職人技を短期間で習得できる仕組みづくりを進めています。刃付けなど伝統技術の継承を守りながら、効率化と革新を両立し、世界で「日本製の刃物ならフェザー」と評価され続ける企業を目指します。

―― 本日はありがとうございました。