「良い売上」と「悪い売上」 売上は社会からの通信簿
企業が存在する理由は、「わが社はなぜ社会に存在するのか」を定義したパーパス※にある。そのパーパスを社会が評価した結果(通信簿)が売上であり、いくら高尚な理念を掲げ、自らが良いと考える商品、サービスを提供していても、売上を上げていなければ、世の中の信を得ていない、受け入れられていないということになる。もちろん利益は重要だが、利益は売上の中から生まれるものであり、まずはきっちり売上をつくる必要がある。
売上には「良い売上」と「悪い売上」がある。たとえ世の中の信を得ていなくても、値引きやプレゼントキャンペーン、売り場での大量陳列などによって、売上は半ば強制的につくれてしまう。価格主導型のプロモーションが横行すると、お客様の中にある参照価格がどんどん下がる。本来130円の商品なのに、98円で売り続けるとそれが当たり前になり、正価では売れなくなってしまう。ブランド価値を毀損し、利益も低下していく。「悪い売上」の一例といえる。
一方、「良い売上」は、「あなたの商品を買いたい」とお客様の方から望んで購⼊いただくことによって生まれる。そうした商品やサービスは値引きする必要がなく、本来の価格で喜んで買ってもらえる。ブランド価値が高く、無駄な販促コストをかけなくて済むため、利益も十分に確保できる。パーパスを実践することによってもたらされる持続可能な売上こそが、世の中から信を得ている「良い売上」である(図表1)。
※パーパス(Purpose):企業が社会における存在意義や経営目標を定めたもの
複雑に絡み合う売上の要因を構造化
新商品が売れた、売れなかったというとき、企業はその原因を探し始める。原因さえ特定できれば、改善策はいたってシンプルと考えがちだ。しかし、企業規模が大きくなると、売上を上げるために、複数の部署が多くの施策を同時に展開しており、商品力はもちろん、価格、ブランド力、広告やプロモーション、販売促進、競合の存在、景気など、要因と考えられるものは無数に存在する。
そうした売上に影響を与えている要因を「説明変数」、それを受けて発生した売上を「目的変数」とすると、売上(目的変数)には膨大な数の要因(説明変数)が影響しており、どれが本当に効いているか、あるいは効かなかったのかを特定するのは極めて難しい。
そこで、「実施した施策が売上にどう影響したのか」という従来のプロセスではなく、「売上はどの要因によって上下したのか」を解明するために、売上の要因を構造化(地図化)したのが『売上の地図』のアプローチである(図表2)。『売上の地図』では、売上に影響を与える説明変数の中から特に重要と思われる20の要素を取り上げ、それが目的変数である売上の上下動にどう作用しているのかを明らかにした(図表3)。
売上に影響を与える要因を地図化することで、売れた(売れなかった)原因が分かり、効率的・効果的に売上を伸ばすヒントが見えてくる。また、地図の全体像や説明変数同士のつながりを理解することで、新商品の開発やマーケティングプランなどを作成する際の「設計図」としても機能するはずだ。
売上を決める「2つのしやすさ」
『売上の地図』をひも解く際に、すべての要因に共通する2つの分類があり、ここでは主なものを紹介する。
一つ目は、売上を決める「2つのしやすさ」についてである。売上に影響を与える要因は数多くあるが、ゴールを「買ってもらうこと」と単純化した場合、重要な要素は「思い出しやすさ」(第3の地図「想起」)と「買い求めやすさ」(第2の地図「売り場」)の2つである。例えばAさんが「ビールが飲みたい」と思ったとき、数あるブランドの中からBビールの銘柄が真っ先に思い浮かんだら、BビールはAさんの第一想起(=真っ先に思い浮かんだブランド)を獲得したことになる。次に、飲むためには購入する必要がある。そのビールは全国ほとんどのスーパーマーケットやドラッグストアに置いてあるし、近所のコンビニエンスストアでも買える。これが「買い求めやすさ」である。
このように売上は「思い出しやすさ」と「買い求めやすさ」の2つによって決まる。「思い出しやすさ」は「買い求めやすさ」からも影響を受ける。スーパーマーケットやコンビニエンスストアの棚にいつも置いてあれば目に留まる機会も増え、「思い出しやすさ」につながるからである。
コントローラブルとアンコントローラブル
二つ目は、売上には「コントロールできるもの(コントローラブル)とできないもの(アンコントローラブル)」があるという認識である。メーカーの売上がつくられる構造は図表4の通りである。例えば、「認知率」は広告やPR、「購入率」はチャネル開拓や販売促進、「購入単価」は販売者の努力などによってある程度コントロールできる。しかし、「人口」はもちろんのこと、「購入個数」、「購入頻度」は消費者の使用量や頻度に規定されるため、ほぼコントロールできない。コントロールできるものは何かを整理・理解し、コントロールできるものにフォーカスすることが重要だ。
2つの時間軸 「短期」と「中長期」
三つ目は、施策が売上につながるまでには短期( すぐに効く) と中長期( そのうちに効く)の「2つの時間軸」があるという点である。短期は「今日の売上づくり」、中長期は「明日の売上づくり」と言ってもよい。
多くの企業は目先の売上につながりやすく、費用対効果も評価しやすい短期の施策に傾倒しがちだ。予算を達成するため、手っ取り早く売上が上がる値引きや安売りに走るケースも多い。だが、冒頭でも述べた通り、価格主導型のプロモーションは安さだけを望む顧客を呼び込み、ブランド価値は低下し、中長期でみるとジリ貧になる。
図表5は、施策が売上につながるまでの2つの時間軸を表している。左側の「収穫」は顕在化したニーズをすぐに刈り取るための施策で、積極的な広告やPR、キャンペーンなどによって、その商品やサービスが消費者の目に留まる機会を増やし、購買意欲を高める短期決戦の「今日の売上づくり」である。」
一方、右側の「種まき」は、数か月から数年という時間をかけ、ブランドイメージやパーセプション(認知)の形成に努め、潜在顧客を育成する「明日の売上づくり」である。すぐに売上にはつながらないが、ニーズが顕在化した際は、そのブランドを選んでもらえる可能性が高くなる(第9の地図「ブランド」)。
持続可能な「良い売上」をつくる
成熟化した市場では、消費者は価格だけではなく、商品を購入したり、使用したりしたときの〝感情〟を大切にする。そのため、特定の商品やサービスに関して「このブランドのこの商品が欲しい」という指名買いの顧客が少なからずいる。中長期を見据えた施策は、そうしたロイヤルカスタマー(第10の地図)の育成にも有効である。
売上を上げるには、短期、中長期のどちらも重要だが、現状では、短期の時間軸でビジネスを行っている企業が多い。
利益を圧迫する「悪い売上」をできるだけ減らし、「良い売上」を増やしていく。値引きやキャンペーン、売り場での大量陳列など、容易につくれる売上で近道ばかりしていると、永遠に持続可能な「良い売上」はつくれない。
複雑に絡みあう複数の「売れた(売れなかった)」要因の一つ一つを解明し、対策を講じていく。地震が来ても倒れない家を建てるには、しっかりした設計図が必要なように、売上にも持続可能な「良い売上」をつくるための設計図が必要である。『売上の地図』にある20の要因(説明変数)への理解を深め、「良い売上」を上げ続けてもらいたい。