株式会社プラネット

HOME > 知る・役立つ・参加する > 広報誌 Planet VAN VAN > 2025 Winter Vol.145 > プラネットユーザー会 2024 開催 > 特別講演抄録

プラネットユーザー会 2024 開催

特別講演抄録

顧客志向マーケティングを強化する
ストーリーブランディング

株式会社DELICE
代表
杉浦 莉起

杉浦 莉起(すぎうら りた) 氏:

PROFILE
上智大学外国語学部卒業後、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループにて宣伝広報に従事。20代半ばで管理職となり、フランス高級宝飾ブランドの日本法人設立に参与。P&Gジャパンに転じ、SK-II、パンパースなど主要ブランドのリブランディングを行い、多くのブランドのコミュニケーション戦略を担当。(株)DELICEを立ち上げ、企業のダイバーシティ推進や女性活躍支援、ブランディングサポートを提供。さらに、フェムテックブランド「The LADY.」を立ち上げ、女性のキャリアと健康を支援する活動を展開。2児を育てるワーキングマザーでもある。

人口が減少局面に入った一方で、モノや情報があふれかえる現代。数ある商品やサービスの中から選ばれ、顧客に長く愛されるブランドを育てることが重要になっているが、そのために有効なのが「ストーリーブランディング」だ。LVMH、P&Gジャパンなどで豊富なビジネス経験を持つ杉浦莉起氏に、その手法を解説していただいた。

商品の核となる価値を伝えるストーリーが
ブランドへの愛着・信頼を高める

 ブランドの展開やコミュニケーションにおいては、「戦略や方向性を決めても、施策に反映できていない」「担当者がバラバラで、施策の一貫性がない」「ブランドイメージが浸透していない」「顧客のブランドロイヤルティが低い」といった課題が起こりがちだ。そのような場合に、ストーリーブランディングのアプローチが有効になる。
 現在はもはや、人口増加に支えられた大量生産・大量消費の時代ではない。価値観が多様化して、顧客の細かいニーズや感情の機微を読み取ることが重要になり、SDGsなど企業の社会に対する取り組みも問われるようになっている。そのようななかで、顧客の心をつかみ、持続的な関係を築くためにも、ストーリーブランディングは欠かせない戦略と言える。
 ストーリーブランディングとは何かを、私の経験をもとにお話ししたい。
 キャリアをスタートしたLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)では宣伝と広報を担当した。ブランドの一つであるセリーヌは、もともとフランスの良家のお嬢様のための洋服を作っていたが、時代の変化に合わせて、ニューヨークのキャリアウーマンのためのブランドへと大きく変わった。このようなリブランディングは既存の顧客を失うリスクを伴う。そこで私たちが行ったのが、常に創業からのストーリーを語ることだった。
 時代が変わっても核として残っているものは何なのか。フランスの良家のお嬢様のためのブランドだった頃から、動きやすくて活発に外に出たくなる、自分らしくいられるような洋服やバッグを、いい素材で提供するというところは変わらない。そのことをストーリーでつないでブランドのスタート時点から語るようにした。
 次に入ったP&Gでは、ブランドコミュニケーション戦略に携わった。当時、化粧品ブランドであるSK-Ⅱは誕生から20年ほどが経過し、新規顧客の獲得が難しくなっていた。
 私はSK-Ⅱの戦略を立てるにあたり、ストーリーの核となるものを探すために社内でのヒアリングに力を入れた。「核」はファクトに基づいたものである必要があり、うわべだけのストーリーを作っても消費者に見抜かれてしまう。リアルを探すために、ヒアリングが必要だった。そこで店頭のビューティーカウンセラーたちがそろって言及したのがSK-Ⅱの「ピテラ」という独自成分だった。その時点ではロングセラー商品のみにピテラが入っており、新しい商品には別の成分が使われていたが、一貫性を持たせるために全ての商品にピテラを入れ、ブランドの核とした。
 コミュニケーション戦略においては、ピテラの機能面を伝えるだけでは顧客の感情に響かないと考えた。そこでヒアリングを重ねるなかで出てきたのが、「開発者が酵母や微生物に興味を持ったきっかけが杜氏の手の美しさだった」というエピソードだ。酒造りをする人の手を見て美肌の秘訣が酵母にあるのではないかと発想したことから研究を始めたと聞き、これをブランドストーリーに取り入れることにした。リアルやファクトの中から感覚的に素敵だと思える表現を入れることで、ストーリーが強化されて いく。
 要するにストーリーブランディングとは、ブランドや製品の核となる価値を、一貫性をもって顧客に伝えるための戦略的な手法である。このアプローチでは、製品やサービスが提供する価値や特徴を、顧客が感情的に共感できるストーリーとして構築する。このストーリーがブランド体験の基盤となることで、顧客が愛着や信頼を抱く「LOVEブランド」が形成される。
 具体的には、ビジネスの目標と顧客のニーズ・価値観を統合し、顧客の期待と感情に響く体験を提供する。各部門やマーケティング施策がこのストーリーを共通の基準として一貫したメッセージを届けることで、顧客理解を深化させると同時に、企業内での行動指針としても機能する。

商品、サービス、キャンペーンが
一貫性を持つことでブランドの価値が伝わる

 ストーリーブランディングでは、ビジネス目標が変われば対象となる顧客も変わり、届ける価値や、それを届ける方法も変わる。すべてが一貫性を持ってつながっているので、何か一つが変われば他の要素も変わることになる。
 あるコンビニエンスストア企業を例に説明する。業界トップの企業を優等生とすると、その企業は自社を「クラスの人気者」と位置づけ、楽しさを前面に出している。またコンビニの客層には、食欲旺盛な男性も多い。そのような自社のポジションや顧客インサイトを考慮したうえで、同社は「おトク」を打ち出すにあたり、値引きではなく、「2個買うと1個もらえる」「容量○○%アップ」など、増量という手法をとっている。このような一貫した方針があると、部門ごとに施策がぶれることなく、ストーリーに沿ったプロモーションが出てくる。
 一貫性を持ったストーリーを繰り返し伝えていくことで、ブランドイメージが顧客に浸透し、愛着のある「LOVEブランド」になっていく。現在は、企業がどんな思いでそのビジネスを行っているかを顧客も見ている時代だ。その思いと商品、サービス、キャンペーンが常につながっていることで、ブランドの価値が伝わっていく。
 たとえばスープストックトーキョーは、人々の生活に寄り添う、食は人を幸せにするという理念に基づき、育児中の女性を応援する意味を込めて「無料で離乳食を提供する」という取り組みを行い、同社のストーリーに共感する顧客の愛着を高めることに成功している。

ストーリーの効果を高めるには
世の中の関心事、トレンドと結びつける

 ストーリーブランディングには、社内のアイデアイノベーションを活性化する効果もある。今の時代は新しい差別化商品をつくり出すのが難しくなっているが、ストーリーを整え、新しい提案や切り口によりラッピングを変えて提供することで商品を魅力的に見せることができる。
 一例として、私がPRサポートを手がけた、あるブランデーの取り組みを紹介したい。当時、梅酒がブームになっていたこともあり、一般消費者向けにブランデーを梅酒づくりに使う提案を行った。しかし、単に「はやっているから」では説得力がなく、なぜブランデーが最適なのかというファクトを提示する必要がある。そこで、ブランデーを用いることで香りがよくなる上に、通常は半年かかる熟成期間が3週間で済むと訴求したところ、大幅に売上が上がった。
 また、プレミアムビールのプロモーションにも関わったことがある。CMには長年人気のある男性歌手が起用され、かっこいい世界観が提示されていた。しかし、実際には夫が飲むビールをスーパーなどで妻が買うケースも多く、実際に飲む人と買う人が必ずしも一致しないことが課題だった。ただしブランドの世界観を崩すわけにはいかず、そのストーリーに沿った形で女性たちに訴求する手法が必要となった。そこで、当時は「イケダン」(イケてるダンナ)という言葉がはやっていたことを踏まえて、イケダ ンに育成するには、愛情のこもったごほうびとしてそのビールを飲んでもらうという切り口のPRと店頭プロモーションを展開した。広告の「自分にごほうび」という訴求と「ごほうび」でつながるストーリーだ。これは商品や広告そのものは変えずに、ブランドを毀損することなく新たな価値を提供した事例だ。
 アイデアを考える際には、世の中の関心事と結びつけるとストーリーがより強くなる。ニュースやトレンドをチェックして、今の社会で何に関心が持たれているかを知っておくとヒントが得られる。トレンドと紐づくことでメディアや口コミによる拡散も期待でき、顧客にも「今買わなきゃ」「これいいよね」と思ってもらえるチャンスが高まる。

社会的背景・インサイトと組み合わせる
ことでブランドの価値や強みが見えてくる

 ストーリーにはいろいろな要素が入っているので、ストーリーブランディングを進めるにあたっては、商品開発や営業などを含め、すべての部門から情報を入手しなくてはならない。また、チームを組むなら性別や年齢のダイバーシティが取れた構成にするとよい。多様な感覚、多様な強みを持つ人を入れることで、ストーリーがより豊かになっていく。
 そしてストーリーの軸になるのは、顧客のインサイトを自社の商品でどう解決するかという価値提案だ。これを中心に据えてから前後のストーリーを作るのが望ましい。
 残念ながら、自分たちの商品の強みが自分たちでは分からないというケースも多い。先日、ある冷凍野菜メーカーと話をしたとき、「野菜を切って冷凍しているだけなので、差別化も優位性もない」と言われた。しかし話を聞いていくと、一つの野菜でも多様な切り方の商品があることが分かった。いまの社会の時短ニーズに合致するし、料理の幅が広がるのでユーザーの満足度も高まる。見慣れている自社の商品の魅力には気づきにくいものだが、社会的背景や顧客インサイトと組み合わせたときに強みや価値が見えてくるので、そうした視点でもう一度深掘りしてみてほしい。

ブランドのイメージアップにとどまらず
アイデア次第で成果につながる

 ストーリーブランディングを成果につなげるという観点から、私が経験した事例を紹介したい。P&Gのおむつブランドであるパンパースでは当時、商品を1パック買うと恵まれない国の子供のためにワクチンが1本寄付される「1パック=1ワクチン」キャンペーンを行っていた。しかしパッケージを変えるなどコストがかかり、一方で売上が上がるわけではなかったので、やめようという話が社内で持ち上がった。
 私はどうしても続けたかったので、ブランドマネージャーと一緒に知恵をしぼり、ストーリーを考えた。顧客インサイトとしては、遠い誰かのために寄付をするという行為は購買動機につながりにくい。それなら、身近な人へのギフトにすればいいのではないか。そこで、このキャンペーンをクリスマスシーズンに行い、ギフトに見立てたパッケージデザインにして、身近な人へのギフトと遠い国の子供へのギフトという両方の意味を込めた。このパッケージは店頭で映えたので山積みにしてもらうことができ、110~120%の売上を記録できた。ストーリーブランディングは単にブランドのイメージアップを図るだけでなく、アイデア次第で成果に結びつけることができる。
 また、ストーリーブランディングではすべての部署の仕事がストーリーでつながるので、社内の団結を強化する効果もある。自分がしていることがビジネスに寄与していることが分かるだけでも安心するし、モチベーションも上がる。核となるストーリーがあることで、全部門が向かうべきビジョンが明確になり、各自が今、何をすべきか分かるようになる。
 現在はモノを作れば売れるという時代ではなく、自分たちの商品やサービスを使って顧客を幸せにすることを考える必要がある。そんな商品を作っているか。その商品が顧客を幸せにできるという証拠を揃えているか。それをちゃんと届けているか。ストーリーブランディングは、自分たちが真摯な活動をしているかのチェックにもなる。本当に顧客のことを考えた素晴らしい商品やサービスであふれると、とても素敵な社会になるだろう。