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林 健太郎(はやし けんたろう) :
合同会社ナンバーツー エグゼクティブ・コーチ

1973年、東京都生まれ。バンダイ、NTTコミュニケーションズなどに勤務後、海外修行を経てプロコーチとして独立。フィリップ・モリス社をはじめ、多くの企業でコーチング研修を行い、ビジネスリーダーを育成。2020年、オンラインによるコーチングの新形態として「10分コーチング」(商標出願中)を開発。短期集中型の斬新なコーチングスタイルを啓発中。主な著書に『できる上司は会話が9割』(三笠書房)、『否定しない習慣』『子どもを否定しない習慣』(ともにフォレスト出版)など。

私たちは言葉で明確に否定しなくても、自分では意識していない言動によって、相手の考えや意見、行動などを否定していることが多い。「無意識の否定」を「否定しない習慣」に変えることで、対人関係は劇的に改善する。とくに近年は働き方が多様化し、個人の価値観や多様性が重視される社会になっており、違いを受け入れることが重要になっている。多くの企業でビジネスリーダーの育成に努めるコーチングのスペシャリスト・林健太郎氏が「否定しない会話」の実践技術を紹介する。

「否定しない習慣」は心理的安全性を生む

 スムーズなコミュニケーションを確立し、相手にポジティブな行動を取ってもらうには「褒める」ことがよいと言われる。しかし、「褒める」や「肯定する」より、もっと効果的かつ劇的に対人関係を改善する方法がある。それが「否定しない習慣」を身につけることだ。
 多くの人が無意識に行っている「相手の言葉や考え、行動の結果を認めない」「話や意見を聞かない」「相談に真剣に向き合わない」といった言動や態度に、相手は「否定された」と感じ、知らず知らずのうちに対人関係に悪影響を及ぼしていることが多い。
 否定ばかりされるとどうなるか。怒りが生まれる、オープンに話せなくなるなどのデメリットが増える。一方、否定されなければ、ポジティブな感情になる、もっとコミュニケーションを取りたくなるなど、対人関係におけるメリットが増えていく(図1)。
 このように「否定しない習慣」は多くのメリットをもたらすが、とくにビジネスにおいて重要なのが「心理的安全性」が生まれることだ。心理的安全性とは「誰が何を言っても、どのような発言や指摘をしても、否定や拒絶されたりする心配のない状態」のことを言う。これがあるチームは生産性が高いという研究結果も出ている。

心得ておきたい三つの「否定しないマインド」

 「相手が話している途中でさえぎって話し出す」「目を合わせず、別のことをしながら話を聞く」。これらは言葉では否定していなくても、相手にとっては否定されているのと変わらない。
 アドバイスのつもりでよかれと思って意見することも否定につながる。例えば、部下の考えた企画が一定の水準に達していなければ、「もう少し深掘りできないか」などと意見する。しかし、そうした意見でも、言われた部下によっては「必死で考えた企画を否定された」と自分の存在そのものを否定されたような気持ちになることがある。つまり、意図的でわかりやすい否定ではなくても、受け止め方によって相手が「否定された」と感じる場合があるということだ。
 こうした「無自覚な否定」をしないためには、否定しない技術や習慣を身につけることだが、その前提として心得ておきたいのが次の三つの「否定しないマインド」である。
 まず、「事実だから否定してもいい」という考え方はしない。無自覚に部下を否定している上司によく見られるのが、「否定ではなく、事実を言っているだけ」というものだが、そこに決定的に欠けているのが「言われた相手はどう感じているか」という視点だ。相手の態度が「ムッとしている」「うつむいて黙っている」などのネガティブなものなら、否定してしまっている可能性が高い。
 次に、「自分は正しい」という思考はしない。そもそもコミュニケーションにおいてはどちらかが一方的に間違っていることはなく、双方に理がある場合がほとんどだ。重要なのは目的を共有し、「両方の意見の良い部分を合わせた選択肢」を探ることである。
 三つ目が、「過剰な期待」はしないこと。否定したくなるのは、相手に多大な期待を抱いている場合が多い。その期待が裏切られると、否定したり、責めたりしてしまう。とくにビジネスでは、部下のパフォーマンスが期待以下だと厳しい言葉を投げかけてしまうこともあるだろう。だが、ほとんどの場合、その部下は一生懸命やっている。どんなに期待はずれな結果でも「その人なりに精一杯やっている」という認識を持てば、かける言葉も違ってくるはずだ。

相手の言葉を「復唱」し いったん受け止める

 「否定しない」というのは、相手の言葉や考え、意見、行動などを頭から否定しないという意味だが、ビジネスでは否定しなければならない時もあるし、間違っていることは間違っていると言うことも必要だ。そこで相手に否定として受け止められないために実践したいのが次のテクニックだ。
 その一つが「復唱」である。例えば、面談で部下が「実は異動願を出したいと思っています」と答えたとする。「今取り組んでいるプロジェクトはどうするんだ?」と叱責まじりに問い詰めたら、部下は「自分の考えをいきなり否定された」と感じ、あなたに不満を抱き、かえって自分の考えに固執してしまうことになりかねない。
 そこでまず「異動か。そういう希望を持っているんだね」と相手の言ったことを復唱する。一番簡単なのが「そうなんだね」と返すことだ。その上で「どんなことがしたいの?」と先を促す。すると部下の方から「いや、すぐというわけではないんです。今のプロジェクトが終わってから……」などと自分の考えを精査し始め、建設的な解決法を提案してくることも考えられる。
 相手が「自分の考え」というボールを投げてきた時、「それは違う」と判断し、受け止めることをしないと否定になる。まず「そういうふうに考えているんだ」と、賛成でも反対でもなく、いったん受け止める。その後に「別のボールはある?」と相手に確認する。そうすると「こんなボールもあります」と別の案を出してくることが多い。相手を否定しないで、他の選択肢に気づいてもらう秘訣だ。

意見や提案がある場合は「許可を取ってから話す」

 相手が言ったことに対して意見や提案がある場合は、「許可を取ってから話す」ことも覚えておきたいテクニックの一つ。「こうした方がいい」と即座に別の案を提案すると、相手は自分自身のことも否定されたような気持ちになってしまうからだ。
 まず相手の話をしっかり聞いた上で、「これは一つの提案として聞いてほしいんだけど」と相手に許可を求める。その上で自分の考えを伝え、「どうかな?他にもっといいアイデアがあれば、遠慮なく言ってほしい」と相手の意向を聞く。その提案を採用するかどうかの選択権はあくまでも相手にあるというスタンスである。
 提案ではなく、少し強い意見、厳しい意見を言わなくてはならないときは、単なる許可ではなく、「少し厳しいことを言っていいかな」と、「相手に聞く覚悟を促すような許可」を取ってから話すとよいだろう。その言葉に相手は身構えるので、それがかなり厳しい意見だったとしても、ショックは少なくて済み、すんなり受け取ってもらえる可能性が高い。

否定しない習慣をつくる 「6行会話」メソッド

 図2のような「否定しない会話」(展開例)を身につけるには、その日にあった実際の会話を振り返り、もし否定してしまったと感じたときは、どう答えればよかったのか、脚本家になったつもりでシナリオを書いてみるとよい。まず相手の言った言葉を書き出し、それに対し、否定しない別の「返し」を考えてみる。さらにその言葉に対し、相手はどう答えるかを想像し、6行程度の会話にしてみる(図3)。
 ここでも意識するのは「復唱」である。復唱することによって相手は承認されたと感じ、会話は穏やかな方向に広がっていく。この「6行会話」メソッドを重ねることで、実際の会話も未来志向となり、相手との関係を否定によって損なうことも減るはずである。

言葉以上に雄弁な非言語コミュニケーション

 さらに言葉以上に大切なのが「態度」である(図4)。否定する言葉を口に出さなくても、「眉間にしわを寄せる」「腕を組む」などは、態度で相手を否定しているのと同じことである。逆に相手を否定しないコミュニケーションに欠かせないのが「笑顔」だ。笑顔は伝播するものであり、意識して笑顔をつくれば、相手も自然に笑顔になる。「いつも笑顔でいる」ことが難しければ、「できるだけ毎日をご機嫌に過ごす」ことを意識してみる。もしイライラしている自分に気づいたら、そのまま機嫌に振り回されるのではなく、「自分はなぜそういう気持ちになっているのか」と立ち止まって考えてみる。自分の感情は自分でコントロールするという意識を持てば、「否定しない習慣」をつくる上でも役に立つ。
 「否定しない会話」は、コミュニケーションや対人関係を劇的に改善する。トラブルが減り、部下や同僚との間で信頼関係が生まれ、建設的な議論や会話が増えるようになる。部下はミスや失敗を責められるという恐れが少なくなるため、仕事に意欲的に取り組み、新しいことにも挑戦しやすくなるだろう。もちろん、家族間やプライベートな交友関係においても、抜群の効果を発揮する。