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今瀧 健登(いまたき けんと) :
僕と私と株式会社 CEO

1997年生まれ。SNSネイティブ世代(Z世代)への企画・デジタルマーケティングを得意とし、企業・行政とタッグを組んでワンストップ・プロモーションを展開。プロデュースしたTikTokアカウントやイベントが多くのZ世代の支持を集める。著書に『エモ消費』『Z世代マーケティング見るだけノート』など

商品が均質化して従来型の機能訴求による差別化が難しくなるなか、消費者の心に訴える「エモマーケティング」の重要度が高まっている。商品やブランドのコンセプトに強く共感してくれる「熱狂的ファン」の育成につながるエモマーケティングの手法を、Z世代のマーケティングを手がける今瀧健登氏が紹介する。

商品レベルの向上と情報増加で機能訴求の効果が低下

 現在、消費者が商品を選ぶ際の決め手として、品質や機能よりも、共感や情緒的価値を感じるかどうかが重要になっており、私はこの現象を「エモ消費」と呼んでいる。「エモ」とはエモーション(感情)の略で、Z世代をはじめとする若い世代が、心が揺さぶられるものなどについて使う言葉でもある。
 商品開発において機能的価値を高めることの重要性は変わらないが、広告・販促や商品コンセプト、パッケージデザインなどを考える際には消費者の共感を得るための「エモマーケティング」を取り入れることが大事だ。
 ドラッグストアで洗剤などの掃除用品を訴求する場合を例に取ると、「汚れがこんなに落ちます」「この成分を配合しています」は機能訴求だ。それに対してエモマーケティングでは、「掃除をしたら空がいつもより青く見えた」「きれいになったお風呂に入ると気持ちいい」など、商品を使用することでどんな幸せが得られるかを提示する。
 機能訴求の効果が失われ、エモマーケティングの重要度が高まっている理由は大きく二つある。一つには、技術の進化や低品質な商品の淘汰により、どれを選んでも大きな失敗をすることが少なくなり、機能や品質面での差別化が難しくなったこと。もう一つは、SNSの普及で消費者が接する情報量が爆発的に増え、その中で消費者に強い印象を残すには「エモ」に訴えかける必要が高まったことが 挙げられる。

「経験×ハッピー×コミュニケーション」でエモを刺激

 では、どのような訴求をすれば消費者の「エモ」を揺さぶることができるだろうか。そのためには「経験」「ハッピー」「コミュニケーション」の三つの要素を満たすことが必要になる。
 まず「経験」については、人は自分が経験していないことには共感しづらい。例えば「山の頂上で飲むコーヒーのおいしさ」と言われても、登山者の心には響くかもしれないが、その経験がない人にはまったく刺さらない。特定の層をピンポイントで狙うならこのような表現も選択肢に入るが、より多くの人にアピールしたい場合は、もっと一般的なシチュエーションを考えなくてはならない。
 二つ目の「ハッピー」について言えば、共感はポジティブな事象にもネガティブな事象に対しても起こるが、ネガティブな共感ではエモが刺激されず、購買行動にもつながらない。よってエモマーケティングにおいてはポジティブな感情を引き起こす必要がある。私が「エモ」を一言で説明する際は、「ハッピーな共感」と表現している。
 最後の「コミュニケーション」に関しては、人の記憶に残りやすいのは誰かと共有した出来事だと言える。エモは自分ひとりでは成立せず、あるシチュエーションがより多くの人に共感されるには、コミュニケーションが内包されていることが条件となる。
 これらを踏まえると、エモを引き出す要素は、誰かとのコミュニケーションを通してハッピーを感じた経験、すなわち「誰かと笑っていたときの記憶」と言い換えられる。
 ここから導き出される「エモが生まれやすい場所」は、多くの人が誰かと過ごした経験があり思い入れのある、学校や家庭などである。「部活の帰りに食べたアイスクリーム」「実家で使っていたシャンプー」などを切り口にして商品コンセプトや広告展開を考えると、より多くの人の共感が得られやすい。

マーケティングは「投網」から「金魚すくい」へ

 エモ消費には、自分が強い共感を覚えた商品やサービスについて他の人に語りたくなるという特徴もある。このため、エモマーケティングにおいて重要になるのがZ世代だ。Z世代はTikTokやInstagram、XといったSNSの使用率が高く、他の世代では閲覧のみに使っている人も多いのに対し、自分で投稿する割合も高い。また、Z世代には親との仲が良いという傾向もある。つまり、Z世代の関心を引き付けることで、情報の拡散効果や、上の世代への波及効果が期待できる。
 Z世代を対象としたマーケティングを行う際に注意すべきなのが、上の世代に比べて価値観や興味関心が多様化している傾向が強いことだ。また、情報の入手手段もSNS、テレビ、ラジオなど分散化している。このため、大きなトレンドは生まれにくくなっているのが現状だ(図表1)。
 従来のマーケティング手法が、投網で一度にたくさんの魚を捕まえることができたイメージだとすると、現在は金魚すくいのように、バラバラに泳いでいる魚を一匹一匹捕まえにいかなくてはいけない時代と言える(図表2)。



ターゲットへの定性調査でペルソナの虚像化を回避

 マーケティング活動においてはターゲットとなる人物モデルである「ペルソナ」が設定されることも多いが、ここには落とし穴が潜んでいる。人々の行動や思考のパターンがある程度似通っていた時代には、定量調査で多数を占める傾向を導き出し、平均的な特徴を掛け合わせていくことでペルソナが設定できた。しかし多様化が進んだ現在では、この手法ではどこにも存在しない虚像のペルソナが出来上がってしまう恐れがある。
 これに対し、「N1分析」※1と呼ばれる手法では一人の消費者に定性的なインタビューを行い、徹底的に掘り下げていく。私が代表を務めるマーケティング会社で採用している方法もこれに近く、案件ごとに5人前後のヒアリングを行っている。
 特にZ世代では、「テレビを見ない」「車を持たない」「飲み会に参加しない」といった、上の世代から見て「尖った」側面ばかりが注目されやすいが、こうした特徴をすべて持っている人はいないため、これらをつなぎ合わせていくと「虚像のZ世代」が生まれてしまう。イメージを作り上げるのではなく、一人ひとりを定性的に見ることで、実在のZ世代に迫ることができる(図表3)。
 その人の経験や興味関心などを掘り下げていくと、何にエモを刺激されるかが見えてくる。もちろん、そのポイントは人によって異なるため、何人かに話を聞くことが望ましい。直接的なインタビューだけでなく、SNSでターゲットに合ったインフルエンサーを見つけ、その人の投稿を深く見ていくといった手法も有効だ。
 また、企画を行うチームにもターゲットの当事者がいることが理想と言える。例えばインバウンド向けなら外国人、Z世代向けならZ世代がメンバーに入れば、企画したエモ訴求が刺さるか刺さらないかを当事者目線で判断できる。ただし若年層は経験やビジネスリテラシーが不足していることもあるため、上の世代とZ世代の混合チームにしたり、当事者から構成されるターゲットチームと実際に企画を考えるプロジェクトチームを分けたりすると、バランスが取れる(図表4)。
 ※1 日本の実業家、経営コンサルタントの西口一希氏が提唱するマーケティング手法

「小さなハッピー」の可視化でLTVの高いファンを育てる

 商品のコンセプトや世界観に強く共感した消費者は、長く使ってくれるのでLTV(顧客生涯価値)※2の高いユーザーになる。また、友人や家族などに、自分がいかにその商品が好きかを語ってもくれるだろう。特にZ世代は企業発信の広告に忌避感を示す傾向が強まっており、UGC(ユーザー生成コンテンツ)※3の重要性が高まっている。
 従来のマーケティング活動においては、広告を打って何日間でどれだけ商品が買われたかという短期的な指標が重視されがちだった。しかしインターネットとSNSが普及した現在では情報がストックできるようになり、販促施策が実際の購買行動に結びつくまでの期間が長くなっている。目先の数値だけを追うのではなく、LTVの高いユーザーを増やすことにも目を向ける必要がある。
 エモマーケティングでは、冒頭で触れた掃除用品の例のように「小さなハッピー」を可視化することが重要になる。基本的に人は幸せになるためにお金を払って商品やサービスを買っているので、その商品を買えばどんな幸せが手に入るかを可視化することで、商品価値は上がっていく。
 メーカー、ブランドごとに思い描く幸せのあり方は異なるはずであり、どんな幸せをつくりたいかが表現上のポイントとなる。そうして提示した世界観に共感してもらえれば、熱狂的なファンをつくり出すことができ、口コミなどのUGCを通してさらに多くの人に広めてもらえるだろう。
 ※2 Life Time Valueの略。顧客が自社と関わる期間中にもたらす利益
 ※3 User Generated Contentsの略。企業と利害関係のない消費者によって作られたコンテンツ