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健康で精神的にも満たされた幸福な状態=ウェルビーイングが、個人の生き方のみならず、組織の生産性を高めるキーワードとして注目を集めている。
コロナ禍を経て、働き方が大きく変化するなか、ウェルビーイングの考え方を経営にどう活かしていけばよいのか。
幸福学(subjective well-being)研究の第一人者である前野隆司氏をお招きし、当社社長・田上正勝とウェルビーイング経営について語り合っていただいた。

長続きする幸せと 色あせる幸せ

田上
 以前、前野先生のセミナーに参加させていただき、非常に感銘を受けました。実は「幸せ」というキーワードは前から気になっていて、2017年にツイッターで検索してみたところ、4000件くらいヒットしました。「誕生日、結婚式、お祝いされて」「他人の笑顔を見る、好きな人を眺める」「きれいなものを見る、豪華な体験をする」「食べたいものを食べる、お酒を飲む」など、たくさんのツイートがあり、幸せの感じ方は人それぞれだと思いました。
前野
 その検索結果は、自分が幸せに思ったことを主観的に書いているので、そういう答えが返ってきたのだと思います。しかし、私たちが「こうなると幸せだ」と思っていることと「本当の幸せ」は違います。
 「幸せ」には、「地位財」によって得られる幸せと、「非地位財」による幸せの二つがあります。前者は周囲との比較によって満足を得るもので、収入をはじめ、社会的地位や物的な財産などが該当します。後者は他人との比較に関係なく幸せが得られるもので、健康や愛情をはじめ、自由や自主性、社会への帰属意識、良質な環境などが当てはまります。
 給料が上がってもうれしいのはほんの一瞬で、すぐにそれが当たり前になってしまうように、「地位財」による幸せは長続きしません。一方、「非地位財」による幸せは持続性が高いという特徴があります。
田上
 先生は「非地位財による幸せには四つの因子がある」とおっしゃっていたので、検索結果を当てはめてみたところ一致しない因子がありました。例えば、幸せを感じる因子と説かれている「楽観性」は、「幸せ」のキーワード検索では出てきませんでした。
前野
 幸福学の研究から導いた「幸せの四つの因子」は、何が幸せに関係するかという心理学の研究結果をコンピューターで分析したものです。検索結果の80%ぐらいは一致しますが、それに当てはまらない残り20%ぐらいが重要で、利他性や貢献感、楽観性などが「本当の幸せ」に影響を与えることがわかっています。つまり、自分の成長を感じたり、他人の役に立ったりすることが長続きする「本当の幸せ」に直結しています。

「四つの因子」を満たせば仕事でも有能さを発揮

VUCAの時代をチャンスと捉え社員の幸せを第一に考えて経営すれば企業の業績は必ずよくなります

前野氏
※ VUCA(ブーカ) : 先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態。「Volatility(変動性)」「Uncertainty (不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとったもの
 
田上
 「幸せの四つの因子」について、改めて簡単にご説明いただけますでしょうか。
前野
 研究結果では、幸せを感じるには四つの因子を高めることが重要だとわかっています。一つ目は「やってみよう!」因子で、仕事などにやりがいを持って自発的に取り組み、個人的な成長を感じられるかどうかです。
 二つ目が「ありがとう!」因子。感謝するだけでなく、周囲とつながり、孤独感を感じていないことや、社会に貢献し、人を喜ばせることなどが含まれます。
 三つ目が「何とかなる!」因子で、楽観性を持ち、前向きにチャレンジする気持ちです。
 そして四つ目が「あなたらしく!」因子。他人と比べず、自分の個性を生かすことです。
 この四つが満たされると幸せになり、ビジネスにおいても仕事のできる人財になります。
田上
 私は楽観的なので、常に何とかなると思っています。周囲からは「大丈夫か」と心配されることもありますが、先の見えないことを心配してもしょうがないし、ネガティブに考えてもよいことはないと思っているからです。
前野
 企業において社長が四つの因子を満たし、幸せであることはとても大事です。幸せは伝播します。トップがネガティブで暗かったら、社員もやる気が出ませんよね。ただしトップだけでなく、社員の皆さんの幸福度も高いかどうかが重要です。
 楽観性にはよい楽観性と悪い楽観性があります。「何の根拠もなく、適当にやっているけど何とかなるだろう」というのは悪い楽観性。よいのは「やるべきことをきちんとやったから何とかなる」という楽観性です。こうした楽観性を皆さんが持つとよいと思います。
 難しいのは、役職が上の人ほど楽観性を持ちやすく、若い人は持ちにくい点です。そこで管理職はチャレンジした部下を「間違っていたじゃないか」「失敗したじゃないか」と責めるのではなく、「頑張ったね」「次は成功するよ」と労い、力づける必要があります。上に行けば行くほど寛容さが求められます。組織ではチャレンジを認める風土づくりが大切です。
田上
 「ありがとう!」因子にもつながる話ですね。

社員が幸せだと企業の業績もよくなる

田上
 先生の研究では、幸せになること自体がよいことで、社員が幸せだと企業の業績もよくなるとおっしゃっています。私も同じように考えていて、できるだけ社員の自主性を尊重し、やってみる機会を増やした方が会社全体の士気が上がり、アイデアも出やすいのではないかと思っています。
前野
 幸せな社員は不幸せな社員より創造性が3倍、生産性が1.3倍高いことがわかっています。欠勤率や離職率も低く、ミスも少ない。また、幸せな人は不幸せな人より7年から10年、健康で長生きします。心理学では幸せな状態を「ウェルビーイング(well-being)」といいますが、ウェルビーイングの状態で働くことは明らかにメリットがあります。
 ある自動車販売会社は、社員の幸せを第一に考えた経営を行い、全国の販社でトップの業績をずっと維持しています。社員が幸せだと利他的になり、常にお客様の利益を考えてクルマを販売します。結果的にお客様の満足度が高まり、値引きしなくても売れます。社員が幸せになれば、企業の業績もよくなるというよい例です。
田上
 そういう考え方が経営トップから社員まで広がっていくとよいですね。

チャレンジすることがウェルビーイングにつながる

田上
 当社のお客様は日用品・化粧品を中心とするメーカーや卸売業で、大企業から中小企業までさまざまな規模の会社があり、それぞれが課題を抱えています。ウェルビーイングという観点から、事業に役立つヒントがあれば教えてください。
前野
 結局「幸せの四つの因子」の話になりますが、これが満たされるほど社員が幸せになり、会社の業績もよくなります。まずは「やってみよう!」因子の通り、たとえ閉塞感を感じる状況であっても、何か新しいことにチャレンジすることです。
 二つ目の「ありがとう!」因子は「つながりと感謝」の因子ですから、業界の皆さんと積極的につながることでさまざまな情報を入手し、チャレンジのヒントにするとよいと思います。
 三つ目の「何とかなる!」因子も、他社と連携したり社内でチームをつくったりして、つながることで「何とかなる」という意識を持つことです。
 四つ目の「あなたらしく!」因子は「ありのままに」ということですから、会社としての個性、つまり自分たちの強みを生かすことを考える。
田上
 企業規模の大小は関係なく取り組めるということですね。
前野
 むしろ小さい企業の方が新しいことにチャレンジしやすいと思います。組織が大きいと、承認プロセスも複雑です。大企業の場合は新規事業に特化した部署をつくり、そこに集中させて取り組むという方法があります。どんな業種・業態でも、よく考えれば答えは必ずあります。それぞれのやり方でチャレンジしていくことが大切です。

ピンチはチャンス! 近江商人の「三方よし」に学ぶ

日用品・化粧品業界は「幸せ産業」なので 私たちが率先して幸せになる必要があります

田上
田上
 今は時代の大きな変革期で、ITがすさまじい勢いで進化し、AIやバイオマスなど新しいものがどんどん生まれています。一方、地球環境の悪化に加え、パンデミックや戦争なども発生し、先が見えない時代が続いています。
前野
 VUCAの時代と言われていますね。幸せの条件から見ると、そういう時こそじっと息を潜めるのではなく、仲間やチームで新しいことにチャレンジした方がうまくいく場合が多いんです。パンデミックが吹き荒れたこの2年間、コロナだからと縮こまっていた企業とチャレンジした企業とでは大きな差がついてきています。
田上
 コロナがよい試練になっている可能性もありますね。
前野
 日本が最もイノベーティブだったのは1945年から50年にかけてです。戦争に負け日本中焼け野原だった中、起業数が非常に多く、現在のソニーやパナソニックなど、その後の日本経済を牽引する企業がどんどん生まれたり育ったりしました。東日本大震災後の被災地でも起業数が多い。必要があるから新しい企業が生まれます。
 京都に住む近江商人の末裔の方の話ですが、東日本大震災で家を失い、困っている人が大勢いるからと、震災の直後に仙台にマンションを建て不動産事業を始めました。儲けてやろうというのではなく、被災者が何に困っているのかを考えた上での社会貢献だとおっしゃっていました。でも、それが結果的に利益も生み出します。
 近江商人にとって、明治維新、関東大震災、第二次世界大戦と、日本が最もピンチだった時がチャンスだったそうです。売り手と買い手が満足し、なおかつ社会にも貢献するという近江商人の「三方よし」という考え方は、まさに幸せになる条件を満たしているといえます。

余裕があれば視野も広がり生産性や創造性も高まる

田上
 仕事をする上で余裕のある人とない人では幸せの度合いが違うのではないかと思っていますが、いかがでしょうか。
前野
 普通に考えれば余裕のある人の方が幸せだと思います。逆にいうと、幸せで創造性や生産性が高い人は仕事が早いですから、余裕がある。余裕ができると、さらに創造的な仕事ができるという好循環が生まれます。
 一方、幸せでない人は悩む時間が長い。幸せな人は何か失敗しても、あれこれ悩む前にすぐに対処する。早く解決できれば、余裕も生まれます。だから余裕のある人はやっぱり幸せな人なんだろうと思います。
田上
 心に余裕があるから考える時間が生まれるのですね。何か新しいことにチャレンジしてみようという前向きな気持ちになります。

形から入ることも幸福度を上げる方法の一つ

田上
 日常的に幸福度を上げる方法というのはあるのでしょうか。
前野
 チャレンジするより遥かに簡単な方法があります。それは口角を上げることです。口角を上げると幸福度が上がり、免疫力も高まることがわかっています。もちろん長期的にはみんなで力を合わせてチャレンジすることが大切ですが、まずは口角を上げることをおすすめします。
 それから大きな声で挨拶をする。これをする人は幸福度が高く、しない人は低いことがわかっています。そして姿勢をよくする。姿勢のよい人は幸せで、倫理観も高いんです。人間は不思議なもので、笑顔をつくると幸せになり、姿勢が悪いと生きる姿勢も悪くなります。
 意外なところでは、天井が高いところで働いている人の方が幸せというデータもあります。ですから、形から入って幸せになる方法もあると覚えておくとよいと思います。もちろん「ありがとう」をたくさん言うとか、ボランティア活動をするのもよいです。
田上
 当社は競合する大手メーカーが共同出資し、競争ではなく協調して利用できるインフラをつくろうという発想で生まれた企業です。そういう意味では先生がおっしゃっている、全体が調和して共生する社会モデルに近く、ウェルビーイングに合致した企業運営を行っているのではないかと思っています。
前野
 まさに社会貢献、利他の発想ですね。社長ご自身がポジティブな点も高く評価できます。幸せ企業として認定したいぐらいです(笑)。
田上
 ありがとうございます。日用品・化粧品業界は、日々の暮らしにうるおいや快適さをもたらす幸せ産業だと思っています。その当事者が幸せを感じながら働けば、仕事や事業もうまく行き、さらに発展していけるのではないかと考えています。幸せな企業が一社でも多く増えるよう、ウェルビーイングという発想をお客様や社員にも広めていきたいと思います。今日はありがとうございました。