かつて日本人の祈りの大半は「豊作」への願いであった。その方法にもいろいろあるが、最もわかりやすいのは、米を作る田の神さまに元気になってもらうこと。そのため田植えどきに、踊りと音楽で賑やかに囃し立てるという祭りが生まれた。それが、広島県などに伝わる「はやし田」だ。「花田植」と呼ぶところもある。
最初に美しく着飾った「飾り牛」が登場し、田の泥を耕す。いくつかの作業を終えると、いよいよ田植えが始まる。写真右側に小さく見えるのが、苗を植える早乙女※1たちである。彼女らが植えている間、太鼓を腰につけた男たちが、時折ばちを投げ上げながら、軽快に囃す。早乙女の前にもサンバイ※2と呼ばれる男性が立って、鉦やささらを鳴らしながら歌を交わしていく。
とにかく賑やかな田植えだ。これだけ楽しめれば、田の神さまも元気になるだろう。田植えとは、神さまを招いて行う祭りでもあるのだ。古い中世の絵巻にもこうした様子が描かれており、よほど古くから続く行事だといえる。かつては各地で見ることができたようだが、現在は広島県をはじめとする中国山地にわずかに残されている。
※1 稲苗を田に植える女性。植女ともいう ※2 はやし田の指揮役。本来は田の神のこと
-
安芸(あき)のはやし田(だ)
■開催日:広島県安芸高田市/5月最終日曜日、広島県山県郡北広島町/5月第2日曜日 ほか
■開催地:安芸高田市高宮町原田、北広島町新庄 ほか
■アクセス:安芸高田市/中国自動車道「高田I.C.」から車で5分、北広島町/浜田自動車道「大朝I.C.」から車で10分
※最新の開催状況などは以下よりご確認ください
安芸高田市観光協会 http://akitakata-kankou.jp/ 北広島町観光協会 http://kitahiro.jp/
監修・文 久保田裕道 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 無形民俗文化財研究室長
著書に『日本の祭り解剖図鑑』(エクスナレッジ)、 共著に『民俗芸能探訪ガイドブック』(国書刊行会)など。