奥能登のあえのこと
能登半島の先端に、不思議な祭りがある。祭りといっても人が集まって騒ぐわけではなく、参加するのは一人だけだ。
その日、家の主人は田んぼに出向き、田の神さまを家までお連れする。家に着けば、まずお風呂。主人は神さまに湯加減を尋ねたり、背を洗ったりと、神さまが見えているかのように振舞う。その後は、いよいよ奥座敷での食事となる。田の神のシンボルともいえる米俵や農具が置かれ、その前に山海のご馳走がずらりと並ぶ。主人は一つ一つを説明しながら、神さまをもてなすのである。
あえのことの「あえ」とは「饗応」、つまりおもてなしの意味だ。「こと」は祭り。十二月のあえのことは、一年間田んぼを守ってくれた田の神さまをもてなす祭りなのだ。
そしてもう一度、二月にもあえのことがある。十二月同様にご馳走でもてなした後、今度は田んぼへとお連れする。雪の中に松の枝を挿し、その年の豊作を祈るのである。まさに神さまへの感謝の念と、豊かな実りへの願いが表された祭りだといえよう。
元来は家庭の行事だが、現在では一般公開している施設もある。ウェブ等で確認してみていただきたい。
-
奥能登のあえのこと
■開催日:12月(迎え)・2月(送り) ■開催地:石川県珠洲市・輪島市・能登町・穴水町
※本来は各家庭の行事ですが、能登町やなぎだ植物公園内「合鹿庵」(https://yanagida-flower.jp/facilities/)などで、実演を見学できます。
■アクセス:能登町やなぎだ植物公園へは、のと里山空港から車で約25分
監修・文 久保田裕道 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 無形民俗文化財研究室長
著書に『日本の祭り解剖図鑑』(エクスナレッジ)、 共著に『民俗芸能探訪ガイドブック』(国書刊行会)など。