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藤原 大豊(ふじわら ひろよし):
株式会社サブスクリプション総合研究所 取締役兼主席研究員
Webサイト/https://www.subscription-research.com/

大手住宅設備機器メーカーで特注製品設計開発、品質 保証、経理、IRを担当し、工場の製造現場から本社での企画・管理業務まで幅広い経験を持つ。2020年にビープラッツ㈱に入社、サブスクリプションに関する調査研究を行う。直近の研究テーマはコーポレートファイナンス理論と管理会計。2004年 奈良県立大学卒、 2014年 京都大学経営管理大学院修了(MBA)。

消費者の意識が「所有から利用へ」と変化する中、商品やサービスの一定期間の利用に対して代金を支払う「サブスクリプションビジネス」が注目を集めている。参入企業が相次ぐ中、それを間違いなく成功させるポイントはどこにあるのか。 成否を分ける重要指標に焦点を当て、魅力あるサブスクリプションを提供していくための道しるべを示す。

1サブスクビジネスの特徴

費用が先行し 収益は遅れて計上される

 サブスクリプションビジネス(以下サブスクビジネス)は収益と費用の発生に特徴がある。例えば、24カ月ごとに更新するタイプの月額利用料1万円のサービスがあるとする。契約1件につき24万円の収益が確定するのだが、仮にサービス提供に最低限必要な経費率が50%だとしたら、12万円までは契約獲得のための販促やマーケティングに使えることになる。
 ここで契約を1件獲得するために10万円を要したと仮定しよう。この場合、初年度の損益は売上12万円、諸経費6万円、販促マーケティング費用10万円となり、4万円の営業損失が生じる。しかし次年度は売上12万円、諸経費6万円、販促マーケティング費用0円となり、6万円の営業利益である。2年間の通算でみれば売上24万円、諸経費12万円、販促マーケティング費用10万円で、2万円の営業利益となる(図表1)。
 本来、販促マーケティング費用は収益獲得のために投じた費用なので収益の発生に応じて配分すべきだが、現行の財務会計では販促マーケティングの費用のほとんどは発生した年度に全額計上する。
 このようにサブスクビジネスでは費用が先行し収益が遅れて計上されるため、会計年度で期間を短く区切った損益計算では実態を正しく把握できないのが特徴である。

図表 1
2サブスクビジネスに取り組むメリット

収益を予測しやすく利益もコントロールしやすい

 サブスクビジネスは「顧客との継続的な関係が担保されている状態」のビジネスである。それゆえ将来の収益を予測しやすい。しかも、その将来の収益は現時点までに投下した販促マーケティング活動の結果である。先の例でいえば、初年度の12カ月間の活動で毎月100件ずつ契約を獲得していれば、初年度の期末時点で、次年度の収益は「1200件×12万円=144百万円」が約束された状態になる(図表2)。それと同時に、必要経費は50%と想定していたので、次年度に販促マーケティング費用を一切投下しなければ、営業利益は72百万円となることが自明である。よって、次年度の販促マーケティング活動は72百万円の範囲内で行えば、次年度は確実に営業利益が残ることになる。現実には新規契約の獲得、プラン変更、解約等の変動要因が存在するため、確定値として扱えないが、極めて確度の高い予測値として扱うことが可能である。つまり、サブスクビジネスは収益の予測可能性が高く、利益をコントロールしやすいのである。

図表 2
3サブスクビジネスの重要指標

 収益の予測可能性が高く利益をコントロールしやすいのであれば、サブスクビジネスは失敗しようのないビジネスモデルのように思える。しかし、現実はそんなに甘くはない。これをすれば確実に成功するという法則はないが、成否を分ける道しるべとなる重要指標は押さえておきたい。

[ユニットエコノミクス] 投資効率と健全性を測る

 ユニットエコノミクスとはサブスクビジネスのROI(Return On Investment)のことである。ユニットエコノミクスはROIと同じ構造の計算式であるが、リターンをLTV(Life Time Value)、投資をCAC(Customer Acquisition Cost)として計算する(図表3)。
 LTVは顧客から生涯(関係が継続する期間)にもたらされる価値(利益)のことである。顧客、生涯、価値のそれぞれは厳密には定義が難しいが、先の例で言えば1件の契約が24カ月で月額利用料が1万円で必要経費が50%であった。この場合、LTVは「1万円×50%×24カ月」なので12万円である。 CACは顧客獲得費用と呼ばれ、顧客(契約)獲得1件当たりの費用である。ここでは販促マーケティング費用と考えていただいてよい。先の例で言えば10万円である。これらを計算すると「12万円÷10万円」なのでユニットエコノミクスは1.2である。ユニットエコノミクスは大きければ大きいほど投資効率が高く、販促マーケティング費用がより効率的に契約増と収益増につながっていることを示す。
 他方、ユニットエコノミクスは投資効率だけではなく健全性を測る指標ともなる。ユニットエコノミクスが1を下回った状態(つまりLTV<CAC)だと、契約獲得のために投下した販促マーケティング費用を回収できないので、投下するほどに赤字が拡大していき、資金が枯渇する。事業開始当初は契約件数が少なく固定費の回収もままならないことから、ユニットエコノミクスが1を下回ることは仕方がない。
 とはいえ、契約件数を増やしても、1件当たりのコストが下がるか、LTVの増加によるユニットエコノミクスの健全化が見通せていなければ、販促マーケティング費用を大量投下し事業規模を拡大しては危険である。まずはユニットエコノミクスの健全性を確保すべきだ。
※ROIは「リターン÷投資」の計算式で広く知られている指標

[投資回収期間]費用と収益のバランスを見極める

 ユニットエコノミクスが健全で事業拡に舵を切るタイミングが正しいとしても、事業拡大のために投下する販促マーケティング費用の量には注意したい。
 先の例では初年度は毎月100件、年間で1200件の契約を獲得した。この場合、初年度の損益は売上78百万円、諸経費39百万円、販促マーケティング費用120百万円で81百万円の営業損失が出る。次年度は72百万円の営業利益だが、初年度の損失を取り戻すにはいたらない。投資額を回収し利益が出るのは次々年度になる(図表3)。このように投資回収期間が長期になる場合は資金繰りへの配慮が必要である。
 現実には現金残高に余裕を持って収益拡大を優先し計画的に営業損失を出しているサブスク企業もある。しかし、外部環境の変化でLTVやCACが悪化すれば投資回収期間が想定より長くなり資金繰りが追いつかなくなることもある。費用は確実に先に出ていくが、収益の回収は将来のことなので、ほぼ確実とはいえ、多少の不確実性をともなうのである。ユニットエコノミクスが健全であったとしても、収益に費用が先行するというサブスクビジネスの特徴を踏まえ、販促マーケティング費用の投下量が過大にならないようにコントロールする必要がある。

[LTVと解約率]顧客とのより長い関係を求めて

 ユニットエコノミクスの健全性と効率性向上を図るとき、販促マーケティング費用の投下量は企業側の意思によってコントロールしやすいが、LTVは顧客との関係において決まるためコントロールが難しい。LTVの変化には敏感でありたい。LTVは「平均単価×利益率×平均期間」等の計算式が普及しており、これを変形すれば「平均単価×利益率÷解約率」となる(図表3)。前者は顧客と少しでも長く関係を続ければ、後者は解約を少しでも減らすことができれば、LTVが増加しユニットエコノミクスが改善されることを示唆している。逆も然りで、顧客との関係の短期化や解約増によってLTVは減少しユニットエコノミクスが悪化する。つまり、「顧客との継続的な関係が担保されている状態」を構築し維持できなければサブスクビジネスは失敗する。

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 サブスクビジネスの特徴を理解し、成否を分ける道しるべとなる指標を使いこなしてこそ、正しい経営判断による事業継続が可能になり、顧客に魅力あるサブスクを提供できることになる。

図表 3