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田中雄策:一般社団法人リテール AI研究会 代表理事。株式会社電 通を経て、2017年より現職
リテールAI研究会:AIによる新たなマーケティング手法の開発や業務効率化を目標に、食品・飲料・日用品メーカー、小売・卸売会社などが中心となり発足。AIに関する調査・研究、人材育成、店舗での実 証実験などを行っている

デジタルの進化がもたらす「第四次産業革命」*。その中心技術がAI(人工知能)だ。流通業界には様々なムダ・ムラ・ムリがあり、これが業界全体の利益を圧迫している。国内では人口減少による市場の縮小と労働力不足という社会 構造の変化に直面し、急速に浸透するEC(電子商取引)への対応が急務だ。こうした流通業界の課題を解決する取り組みとして「リテールAI」への期待は高い。メーカー・卸売業・小売業におけるAI活用メリットと課題を考えた。

*第四次産業革命:18世紀末以降の工場の「機械化」、20世紀初頭の「電化」、1980年代の「コンピューター化」に続く技術革新、 新たな産業時代を指す

AIカメラとビッグデータが マーケティングを変える

Ⓒ2018 一般社団法人リテールAI研究

 2000年代に入り、人間の脳の仕組みを参考にした「ディープラーニング(深層学習)」と呼ばれる技術が登場したことでAIは加速をつけて進歩した。デジタル技術の発達で安価で高精度なカメラ(イメージセンサー)という「目」を得たことも大きい。画像を電気信号に変換する目と画像データを認識・分析する頭脳が組み合わさることで様々な用途が期待され、流通業界でも活用が始まっている。
 「リテールAI」と呼ばれる代表的な 取り組みの一つが、店舗での「スマートカメラ(AIカメラ)」の導入だ。店内に多数のAIカメラを設置して商品と顧客の情報を収集・分析する。従来の店舗でも、POSデータにより「何が、いつ、いくらで、何個」売れたかは把握できるが、店内での顧客(ショッパー)の購買行動を把握するのは難しかった。AIカメラを設置すれば、来店人数や各売場の滞留時間、来店客の流れといった様々なデータを収集できる。こうして得られた大量のデータ(ビッグデータ)を分析すれば、適切な来場予測や商品の販売予測、動線や棚割りの最適化などに活かせる。
 店舗のAI化はメーカーのマーケティングを大きく変える可能性がある。これまではお酒を飲む人・飲まない人の区別なく広告等で商品情報を伝えてきたが、AI化で得られるデータを活用すれば、店内モニターや棚ディスプレイ、レジカートといった店内の各種メディアを組み合わせて、お酒を飲む人にターゲットを絞り込んだ「One to One」のアプローチが可能になる。
 お客様は商品に目を留めたのに買わなかったり、商品を手に取っても棚に戻したりすることがある。AIカメラでこうした購買行動(非購買データ)を克明に追うことで、「実は商品ラベルの表示が顧客にアピールできていなかった」といったことがわかるかもしれない。

卸売業のAI活用 物流最適化やコスト削減を促す

 卸売業にとってのAI活用の意義も大きい。卸売業が自力ではAI投資できない中小メーカーを束ねてAI対応を進めることで、自らの存在感を示すという方向が考えられる。

 物流コストを削減する手段としてもAIは威力を発揮する。卸売業は商品の種類が多岐にわたり取引品目が多いため、物流センターにおけるピッキングの自動化は難しいとされてきた。しかし、AI導入でこの難題の解決に向けた取り組みが本格化している。
 配送管理システムの最適化への期待も高い。配送計画は過去の定量データを基に決められてきたが、実際の運用は現場担当者の勘と経験に依存する部分が大きかった。AIを活用すれば最小コスト・最短距離の配送計画を自動作成できる。 
 小売業においては、店内作業の効率化が進む。AIカメラによる分析で、棚に商品を補充する従業員の手間の軽減や、最適な人員シフトなどが実現できる。
 防犯面でのAI活用への期待も高い。AIカメラで万引きなどの不審な行動パターンを分析・認識しておくことで、犯行前に警告を出すシステムを構築し、警告のサインが出た時点で、従業員の声掛けなどによる不審者へのけん制で犯行を未然に防ぐことが可能になる。

リテールAIの三種の神器 「データ・ソフト・人材」

 リテールAIを進めるポイントは「デー タ ・ソフト・人材」に集約できる。いわばリテールAIの「三種の神器」である。
 データについては、共通のプラットフォー ムを持つべきである。投資コストが軽減され、必要な時には簡単にやり取りができ、業界全体のデータを他業界や官公庁に販売できる可能性もある。メーカー・卸売業との事務作業軽減にもつながる。
 ソフトについては、一から基礎技術を開発するのではなく、コストがかからず、カスタマイズしやすいオープンソース・ソフトウエアの活用が効果的だ。
 日用品業界のプラットフォームとしてのプラネットの役割も大きい。幅広いカテゴリーを管理する「商品データベース」を保有して おり、その画像情報は購買行動のAI分析に欠かせないツールである。
 データとソフトが揃っていても、これを管理し、実際に扱える「人材」がいなければ意味がない。まず、自社でAIを活用するにあたっての大前提として、経営者自身の「AIとはどういうものか」という最低限の理解は欠かせない。また、データ活用には社内の各部門間の調整が必要であり、マネジメント層のトップダウンの意思決定が重要になる。その上で、実際にAIを活用できる人材の育成や外部からの登用を行う。こうした人材にはプログラミングの専門的・技術的な知識とともに、流通業の特性を理解した上でAIを流通にどう活かしていくかという発想が求められる。

AIの意義は 新たなビジネスモデルの創出

 リテールAIが求められる背景には、デジタル化の進展による世界的な産業構造の変化がある。世界一のタクシー会社は現在、米ウーバーテクノロジーズであり、流通業界ではECを武器に米アマゾン・ドット・コムが台頭しているのがその証である。
 流通業界におけるAI活用は、現状では効率化やコスト削減がメインだが、本来のAIの意義はこれまでにない新しいビジネスモデルの創出にある。AI活用で先行して消費者に新たな価値を提供することで、業界下位の企業がトップに躍り出ることは夢ではない。
 かつての技術革新がそうであったように、変化にいかに早く、適切に対応できるかが企業の生き残りを左右する。日用品業界が新たな成長シナリオを描く上で、AI対応は待ったなしの状況である。