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玉生弘昌(名誉会長)の読書

デフレの正体 (藻谷 浩介著、角川oneテーマ21)

 本書は2010年6月に初版が上梓されている。昨年一読したのだが、「正体」と言うほど核心に迫っていないように感じたため、書評は書かなかった。そこに、3.11の大震災が襲ってきて、ますます環境が変わってしまったと考え、この本は書棚の奥に入れたままにしていた。しかし、文芸春秋7月号に藻谷氏の論文「震災復興・全国民が貯金の1%を寄付しよう」が掲載されているのを見て、書棚から取り出して再読してみた。

 本書は、日本のデフレは貨幣供給が不足しているためではなく、日本人の高齢化による需要不足であると論じている。近頃は、国内経済からグローバルへ、実体経済から金融経済へと枠が広がりメカニズムが複雑になっている。需要と供給との関係でデフレが起こっているという極めて基礎的な経済原理による説明であるためか、氏に対する批判がインターネットの中にはあふれている。経済学の玄人たちから見ると、深堀が足りないと映るのかもしれない。

  マネタリストたちは、貨幣の供給を増やせば、デフレは止まると主張する人が多い。アメリカに比べて日銀は貨幣の供給に慎重で、インフレターゲット政策にも積極ではない。そのため、円はドルに対して高止まりし、デフレ環境のもっとも根深い要因となっている。日本は、高い円で安く商品をいくらでも輸入できる。しかも、隣に中国があり、消費財の調達に不自由しない。

  国内で金融を緩めて、資金調達が容易にできるようになっても、企業は国内に投資するより海外に投資する可能性が高く、金融政策による国内需要喚起効果は限定的である。そこで、直接消費者に札束を提供するのがいいと、ヘリコプターでお金をばら撒くのがいいという議論まである。文芸春秋7月号で、藻谷氏は金余りといわれたバブルの時代においても物価は上がっていないことを示し、貨幣供給量のいかんに関わらず、物価は需給バランスで決まると記述している。

  確かに、流通の現場では、メーカーが大量に生産する商品の売込みが行われ値引き合戦となっている。消費者は小売店頭に値下りした商品が並んでいてもなかなか手を出さない。日本の消費財メーカーは有り余るほどに生産能力を持っている。今は、稼働率を下げているが、少しでも売れるとなると一斉にスイッチを入れて増産を始める。これでは需要が供給を上回ることはありえない。

  本書の良さは、地方格差と言うが、首都圏でも高齢化は進んでいること、中国からの輸入が増えていると言うが、香港経由の輸出を加えると依然として日本の黒字は大きいこと、日本の輸出は伸びなくなったと言うが、今世紀になってからも大幅に伸びていること、などを統計によって指摘していることである。ちょっと気づきにくいことが多く紹介されているのは、玄人にも参考になる部分はあるのではないだろうか。

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