経済は感情で動く (マッテオ・モッテルリーニ著、紀伊国屋書店)
近年、行動経済学が流行っている。ダニエル・カーネマンが2002年にノーベル経済学賞を受賞してから盛んに議論されるようになったようである。
本書は、行動経済学の本として広く読まれているそうだが、経済学の本とは思えない。そもそも、ノーベル賞には心理学賞がないため、心理学者のカーネマンに経済学賞を授与したのではないかと思わないでもない。
内容は全編が認知心理学で占められている。経済学といえば、需要と供給から始まりインフレとデフレ、雇用、金利などなど数量的な原理で動く社会現象を研究する学問であると考えていた。従来の経済学でもマクロとミクロの研究分野があり、前者は社会全体の現象を、後者は家計と企業行動を対象としているが、行動経済学は個々人の人間としての認識・判断・行動を研究するものだ。
考えてみれば、政府も企業も合理的な判断をし、理にかなった行動をするとは限らず、非合理な行為をすることもよくある。経済は“勘定”であるはずが、“感情”で動くのかもしれない。
本書で最も分かりやすいのが「人は選ぶ理由を欲しがっている」という部分である。類似商品で4000円と5000円のものがあると、選択に迷うが、そこに6000円のものを加えると5000円のものが選ばれる。メニューに松・竹・梅とあったら、多くの人が竹を選ぶというのは日本人ならみんな知っていることである。
人は自分が持っているものの価値を高めに考えるという「保有効果」も興味深い。いったん保有した株を大切に思い、売却時期を逸することはよくあることである。伝来の骨董品が高価なものであると思い込むのは、テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」でおなじみである。
ノーベル賞のきっかけとなったという「プロスペクト効果」は、多くのことを導き出す優れた分析である。100万円得をした喜びより100万円損したショックの方がはるかに大きい、人は1000円と1005円の差よりも5円と10円の差の方がはるかに敏感である、などの人の認識のあり方を説明している。
私としては、「経済学の本とは思えない」とこだわりつつも、本書が有意義な著作である点は高く評価したい。人はどのように物事を判断し行動するのかを極めることは、経済を含めて社会現象を説明できることになり、もし世界人口67億人の行動を説明でき、予測できるようになれば、その意義は大きい。今後も行動経済学に注目していきたい。