生物と無生物のあいだ (福岡伸一著、講談社)
本書は生命科学の研究がどのように進められ、今日どこまで解明されてきているのかが分かりやすく書いてある。“分かりやすく知的好奇心を満たしてくれる”、それが本書を50万部を超えるベストセラーにしている理由だと思われる。
推薦文に「読み出したら止まらない科学ミステリー」とあるが、研究者同士の葛藤を物語風に記述したり、実験室の現場を描写するなど、確かに読者を飽きさせない展開となっている。説明の段取りにも工夫が見られる。少々ギクシャクしている部分もあるが、ふだん実験室にこもっている研究者の文章としてはレベルの高い表現力である。
興味深かったのは、物理学の本が若き生物学者を啓発したと言う部分である。20世紀最大の成果と言われる遺伝子のら旋構造を発見したジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックはともに、1944年に量子物理学者エルヴィン・シュレージンガーが著した本にインスピレーションを受けたと言っている。この2人がどのように発見に至るかは、まさにミステリーのようである。
エルヴィン・シュレージンガーの記述と紹介している「われわれの身体は原子にくらべて、なぜ、そんなに大きくなければならないのでしょうか?」はまるで哲学問答である。個々の原子は不規則な運動をしているが、それらの原子によって構成されている生命体は十分な量の原子の集合体となり秩序ある動きをしている。
エントロピーの法則によればすべての物質は安定の方向に向かう。つまり朽ち果て、重力によってこれ以上落ちないところまで落ちて安定する。つまり、死に向かう。ところが、生命体はエントロピーの法則に逆らい秩序を維持し続ける。それが生命活動というものだという。
ルドルフ・シェーンハイマーは、原子レベルで物質が生物の体内でどのように代謝されるかを追跡したところ、実に1年から1年半ほどで、体内のすべての原子が入れ替わることを見い出した。つまり、生命体の構造はプラモデルの部品のように固定化した変わらないものではなく、常に変わり続けていることを証明したわけである。生命体の物質的構成は、常にダイナミックに流れている「動的平衡」であることが分かったという。まさに生命の不思議である。
本書には落ちがない。落ちがないということは、すなわち生命について科学ですべてが解明されるわけはないということなのだろうか。分からないことが残っていることが進歩を促すものである。