モノづくり幻想が日本経済をダメにする (野口悠紀雄著、ダイヤモンド社)
トヨタの自動車生産台数は世界一になり、国内の鉄鋼会社の出荷も急速に回復、土木工事用車両なども輸出が大きく伸びている。こうした状況の中で再び勢いづいている日本の“モノづくり論”に、冷や水を浴びせるような標題である。
日本経済は中国を初めとする近隣諸国の成長に乗って、かつての重厚長大産業が復活し、景気が回復していると言われている。しかし、米国ではマイクロソフトやグーグルのような新規事業が台頭し、産業の入れ替わりが起きていることを指摘し、日本におけるこうした復活は元に戻ってしまったことを意味すると切り捨てている。
日本の1人当たりGDPが2004年に英国に抜かれてしまった。かつて、英国はヨーロッパの病人とまで言われたが、サッチャー首相のもとでビッグバンを実行し、多くの外資を呼び込み、ウィンブルドン現象と揶揄されながらも、復活を遂げた。英国における直接投資受け入れはGDPに対し36.6%であるのに対し、日本はわずか2.2%に過ぎない。ハゲタカファンドなどと外資を嫌い、受け入れを拒み続けている。
世界は共産諸国の崩壊とBRICsなどの新興国の台頭で大きく変わり、先進国がモノを作る意味が失われつつある。特に、コモディティー化した製品を作っても利益を得ることはできないことが明白となったと論じている。日本はコモディティー化しつつある薄型テレビの生産にまい進し、激しい競争に巻き込まれ体力を消耗している。これに対して、IBMはコモディティー化したパソコン事業を売却した。
著者は、日本が世界で“損な役割”を演じさせられているとし、その証左にかつて日米自動車摩擦が起こったときには、円の切り上げを迫られたが今日の円安には苦情があまりないことを指摘している。
以上のような、標題に関する記述は前半の部分で、後半は日本の税制や年金の問題、ホリエモンと村上ファンドの事件など標題とは異なる内容となっている。しかし、野口氏の広い学識に基づいた評論には気付かされることが多い。
格差の定着こそが問題と述べているなかで相続税制に触れ、「所得の格差は労働意欲を刺激するが、資産の格差は意欲を喪失させる」という部分は妙に納得させられた。
あとがきに書いてあるが、本書は週刊ダイヤモンドに連載されている「超整理日記」をまとめたものである。したがって、「モノづくり幻想が日本経済をダメにする」なる標題は後から付けられたものであろうが、野口氏の近著「資本開国論」も読んでみたくなった。