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玉生弘昌(名誉会長)の読書

世界インフレの謎 (渡辺努著、講談社現代新書)

 大きなインフレの波が世界を襲っている。この原因は、ロシアによるウクライナ侵攻が原因だと考えている人が多い。大穀倉地帯で世界に多くの穀物を輸出しているウクライナの港からの穀物輸送船の出航が滞っていることとロシアの天然ガスの供給が停止しているからであろう。
 しかし、本書では、ウクライナ問題が主たる原因ではなく、パンデミックによる人類の行動変容が原因であると論じている。その理由の第一は、2022年4月のウクライナ侵攻以前から、何らかの原因で物価の上昇が始まっていることを指摘している。
 では、何故か。著者は新型コロナウイルスの感染を恐れて、巣ごもり消費、買いだめによってモノ消費が増えて、モノからサービス消費への長期的なシフトの傾向が突然逆転した。この急激な変化に供給側が追い付いていないこと。もう一つは、職場に復帰しない人、早期退職をしてしまう人が多くなっていて、それらによる個々の影響は軽微であっても、グローバルに長く伸び切っているサプライチェーンが少しずつ機能不全を起こし、全体で停滞が起こっていると推測している。これらによる供給不足が需要を賄いきれずに価格の高騰を招いていると分析している。
 アメリカを初めとする欧州諸国で、インフレ抑制を目指して金利の引き上げを行っている。金利の引き上げは投資意欲を冷やし、投資による乗数効果を抑制し、消費需要を減らそうというのだから、確実に景気が悪化する。問題が生じて低くなっている供給のレベルまで需要の圧縮を続けていることは不況を作り出そうとしていることに他ならない。今回のインフレには、供給を増やす政策が必要なのであるが、政府中央銀行は需要サイドへの対策はできるものの、供給サイドへの対応は手段がないのである。
 日本は、欧米とは反対に金利を上げずにひたすら金融緩和政策を続けている。どちらが正解かは一年後には明らかになるだろう。
 著者の渡辺努は、月刊誌“Wedge”の2022年11月号に寄稿して、「日本は、値上げを進め、値上げした分を労働者の給料のアップにして、経済全体の底上げをするべきとし、健全な価格、健全な賃金を取り戻す千載一遇のチャンスが到来している」と述べている。長く続いていた日本のデフレ構造が崩れ始めている今日、チャンスであるのは確かである。
 渡辺努は『物価とは何か』(講談社選書メチエ)を書いたことによって注目された経済学者である。こちらの本は、少し分厚く、少々難解の部分がある本であるが、興味のある方はこの本も併せて読むと理解が深まるだろう。渡辺努は、いま注目すべき経済学者である。

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