民王 シベリアの陰謀 (池井戸潤著、角川書店)
池井戸潤は「下町ロケット」、「陸王」、テレビドラマで人気を博した「半沢直樹シリーズ」などの痛快ビジネス小説が有名だが、本書はコメディータッチの作品で、気楽に読める。
主人公の総理大臣武藤泰山とその息子・翔による物語であるが、まず、政界のマドンナこと環境大臣の高西麗子がパーティで挨拶をしている最中に、突然暴れ出すというシーンが冒頭にある。高西大臣は元女子プロレスラーで、周囲の者をなぎ倒すという、最初から漫画チックである。
なぜ、暴れ出したかというと、謎のウイルスに感染し、精神錯乱状態になったからであるが、そのウイルスは温暖化でシベリアの凍土が溶けたことによってマンモスの死骸が地表に現れ、マンモスに取り付いていた古代のウイルスが人に感染するようになったという設定となっている。
ウイルスの感染が広がる最中に、アグリシステムという食品メーカーが「マンモスくん」というマンモス風味(?)の人工肉を発売し、それがウイルスに効くと喧伝して売上を伸ばす。ところが、ウイルスを流行らせ、その治療薬をあらかじめ用意していたという陰謀が明らかになる。そうした陰謀を、総理大臣の息子・翔と総理の秘書官、腕利きの公安刑事さらにウイルス研究者たちが活躍して、解明していく。
一方で、ウイルスの蔓延防止のための規制に反対する人たちのデモが行われるのだが、このデモが膨れ上がり暴徒化し、ついに首相官邸に乱入する騒ぎになる。コロナ禍でも、感染症防止のための規制に反発してデモをしている国がある。また、アメリカの大統領選の時に暴徒がホワイトハウスに乱入するという事件があったが、これらを彷彿とさせる描写である。
デモに参加している人達はネットで広がるデマに踊らされているのだが、どうもそれを信じ込み不寛容になるのもウイルスによるものであるということになっている。ヒトヘルペスウイルス6型がうつ病を引き起こすという研究が実際にあるので、このようなこともあり得ない話ではないということである。武藤泰山総理はその暴徒の中に分け入り演説を始める。炎天下長時間にわたる対話で、とうとう民衆からの支持を得て、ハッピーエンドとなる。
地球温暖化とウイルスという、現代的な話題を背景に繰り広げられるドタバタともいえる展開である。ところで、主人公の名前・泰山(たいざん)とは、「大山(たいざん)鳴動して鼠一匹」ということわざから命名しているのではないかと勝手に想像しているのだが、ここにも池井戸潤のユーモアを感じる。
最後の方の展開には、少々無理があるように思えるが、楽しく読める一冊である。