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玉生弘昌(名誉会長)の読書

安いニッポン 「価格」が示す停滞 (中藤玲著、日本経済新聞出版)


 デフレが続いている日本では何もかもが安くなっている。
 本書では、世界各地のディズニーランドの入場券の価格比較から始めて、ビッグマック、スターバックスのコーヒー、百均ショップなどの価格を世界各地と比較をしている。いずれも、世界で日本が最も安い。
 日本の流通業界の現場では、こぞって安さを追求する姿が見られる。小売業は少しでも安く納品することを求め、卸売業もメーカーに値引きを要求する。こうしたことが戦後70年間も続けられ、そのための身を削るようなコストダウンが行われていた。削るものがないと人件費の削減になる。流通業界においては、戦後の飢えた時代の「安売り哲学」がいまだに正義のようである。流通業界の給料が下がると消費需要が下がる。給料所得者の35%が流通業・サービス業の人達だからである。まさにデフレスパイラルとなっている。
 私は、経済産業省の産業構造審議会の流通部会に出席していたことがあるが、そこでは日本の流通業の間接費が高く、生産性が低いことが議論されていた。物流の自動化、レジの自動化など、コストダウンの方法ばかりが論じられていた。私は、販売価格を上げれば生産性は一挙に上がると発言したら、ここはそういうことを議論する場ではないと言われたことがある。
 本書では、日本とドイツの労働生産性について、ドイツでは価格の高い高級車が多数作られているが、日本では同じ労働時間でなるべく安い車を作ろうとしていることが紹介されている。
 日本の製造現場でのコスト削減カイゼン運動は有名であるが、カイゼン運動でコスト削減を提案した従業員は表彰されることが多い。しかし、その従業員は自分の給料を上げてくれとは言い出しにくくなるのではないだろうか。本書によると、日本では給料を上げてほしいと要求したことがある労働者はほとんどいないということである。
 アベノミクスが打ち出された当時、安倍総理自ら経団連と経済同友会に足を運び、従業員の給料を上げるように頼んでいたことが思い出される。本来は社会主義政党がやるべきことであるのに、自民党総裁がやっていたことに違和感があった。どうやら、給料を上げる社会的メカニズムが崩れてきているということなのだろう。
 物価が安く、給料も安い、おまけに近頃は円安に傾いている。技術、人材も、さらには土地、建物、企業までも海外資本に買われ始めていることを紹介し、このままでは日本の良いものが流出してしまうのではないかと、警鐘を鳴らしている。

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