奇跡のスーパーマーケット (ダニエル・コーシャン/グラント・ウェルカー著、集英社インターナショナル)
2014年、アメリカの中堅スーパー「マーケット・バスケット」をめぐって大きな社会運動が起こった。本書は、そのノンフィクション・ストーリーである。アメリカでは、大きく報道され映画化もされたのだが、日本ではほとんど知られていない。
1906年、ギリシャからアメリカに移住してきたデモーラス家族は小さな食品店を開いた。その小さな店が、成長して2010年を過ぎたころには売上40億ドル、従業員数2万2千人を超える規模になっていた。創業者の孫のCEOアーサーT は「人を大切にし、人に奉仕する」という哲学の下に家族主義的経営を続け、多くのお客を呼んでいた。従業員は家族であり、利益が出たら分かち合うという利益配分制度を持っていた。そして、十分な従業員を雇いお客がレジで待つことがないように配慮するなど、徹底した顧客第一主義を貫き、他のスーパーより高い利益率を上げていた。
お客からも信頼され、従業員からも慕われていたCEOのアーサーTに対して従弟のアーサーSが、アーサーTの経営に異議を唱え始めた。アーサーSは亡くなった兄弟の株を得たため、51%の株を取得していた。アーサーSは、大学で経営学を学んだ自信家で、会社は株主の利益を第一とすべきだと主張して3億ドルの配当を要求、さらにアーサーTの追い落としを画策し始める。アーサーTの解任決議案が上程されるという取締役会の日、多くの従業員が会場を取り囲んだ。その圧力で、その日の決議は見送られたが、アーサーSは次の取締役会を従業員が押しかけられないような場所に移し、とうとう解任決議をした。
アーサーTに代わるCEOとしてヘッドハンティングされてやってきたのは大手の小売店経営の経験者であったが、従業員たちはアーサーT の下で働きたいと職場を離れた。物流センターは停止、店も荒れ始めた。さらに、店に親しみを懐いていたお客たちも取引業者もアーサーTの復帰を求めて署名運動を始めた。この騒ぎが、マスコミで報道されると、全米の注目を集めるところとなった。
アメリカ流の経営学は従業員をコストとしか見ない唯物的合理主義で固まっている。また、経済学でも新自由主義を唱えるシカゴ学派の経済学者たちが、会社は株主の持ち物であり、ひたすら利益を生みだすための機関であるとし、多くの利益を稼ぎ配当すれば、経済全体が繁栄すると主張していた。シカゴ学派は市場原理主義に基づく政策を共和党に献策し、格差拡大をもたらしたと評判が悪い。
解任されたアーサーTはおとなしくしていたわけではない。騒動のさなかに水面下で株の買い戻しを進め、CEO復帰に成功する。そして、「マーケット・バスケット」は優良な経営を取り戻し、現在に至っている。
まさに、現代アメリカの自由資本主義の行き詰まりを象徴するような出来事だったのである。