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玉生弘昌(名誉会長)の読書

ビジュアル パンデミック・マップ (サンドラ・ヘルペン著、
日経ナショナル ジオグラフィック社)

 感染症が地球規模で広がった歴史は古い。詳細な記録が残っているのは黒死病と言われたペストである。14世紀のヨーロッパで蔓延した。中央アジアからネズミが運んできたと考えられている。その悲惨な状況は、カミュの小説「ペスト」に詳しい。今、この本が再び売れ始めているということである。当時は、細菌の存在は知られていないため、ペストの原因を神の罰であるとしたり、ユダヤ人が毒を撒いたなど、理不尽なことが語られた。あの魔女狩りもペストの時に起こっている。
 コレラがヨーロッパで流行したのは1820年頃。元々アジアにあった病気で、交易が盛んになったことによりヨーロッパにもたらされ、何度も流行した。1850年中頃ロンドンで大流行した時に、飲み水によって感染することを疑った医師ジョン・スノウが患者の家を地図に描き、水路と一致していることを示した。本書にその地図が掲載されている。スノウの地図はロンドンの市街地であるが、本書「ビジュアル パンデミック・マップ」は、多くの伝染病のそれぞれの伝播ルートを世界地図に表している。
 スペイン風邪は、1918年にアメリカのカンザス州で兵士の一人が肺炎となったことから始まり、第一次世界大戦で派遣された兵士によってヨーロッパでも蔓延するようになった。第一次大戦は塹壕戦が多く、衛生環境が悪い塹壕あるいはトンネル内で、多くの兵士が感染し、戦死より病死の方が多くなった。一説によると、スペイン風邪による死者は1億人とも言われている。ところで、スペインは発症地でもなく大流行地でもないにもかかわらず、スペイン風邪と呼ばれるようになったのは、第一次大戦では中立国であったスペインが、いつの間にか汚名を着せられるようになったということだそうである。スペイン風邪は日本にも伝わり、25万人もの死者を出す大流行となった。結局、収束までに2年もかかった。
 インフルエンザ・ウイルスは「ずるく、すばしこく、人をあざむく」と記されている。エボラ出血熱のように感染すると動けなくなるような病に比べて、今日のCOVID-19では、症状が軽い感染者が出歩いて広めていることを見ると、「ずるい」ウイルスのようだ。
 細菌につては、1880年頃コッホによってコレラ菌などが発見されているが、ウイルスが確認されたのは1940年頃に電子顕微鏡が用いられるようになってからである。1950年頃のアジア風邪から始まり香港風邪、SARS、鳥インフルエンザ、などのウイルスが少しずつ姿を変えていることが電子顕微鏡で解明されている。やはり、インフルエンザ・ウイルスは「人をあざむく」ウイルスのようである。
 本書には、天然痘、結核、ハンセン病、風疹、マラリア、ジカ熱、梅毒、エイズなどについても記されていて、どこで発生し、どのように伝わったかがまとめられている。多くの伝染病が次々と発生している歴史を見ると、今回のCOVID-19が特別で初めての例ではないのが分かる。

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