空の走者たち (増山実著、角川春樹事務所)
ウルトラマンを生み出した映画監督の円谷英二と東京オリンピックで銅メダルを獲得したマラソン走者円谷幸吉、この二人は福島県須賀川市の出身である。
ウルトラマンは宇宙のかなたからやって来て、怪獣を退治し、また宇宙に飛び去って行く。その時に、日本の建物は破壊される。大阪万博のプロデュースを手がけた円谷英二監督は、明るい未来を予見させた大阪万博にありながら、大型台風や地震で破壊される日本の姿の映像を残している。本書では、円谷監督は東日本大震災の惨状を予見していたのではないかとしている。須賀川は東日本大震災で大きな被害を受けた地である。
一方、須賀川には、マラソンの円谷幸吉の記念館(メモリアルホール)がある。円谷幸吉は1964年の東京オリンピックのマラソンで第三位になり、日本の陸上界の英雄となるのだが、それから3年後に自殺してしまう。その時の遺書が記念館に遺されている。遺書は、父上様母上様で始まり、兄姉親戚友人など31人もの人々にお礼を述べ、最後の方で「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒 お許しください。」と記されている。当時、この遺書が報道されて、日本中の人々が涙したものである。
本書は、この二人の円谷の血を引く円谷ひとみが主人公である。舞台は須賀川市、ひとみは高校の陸上部で練習に励んでいた。ひとみは陸上競技仲間と影沼公園に出かけ、不思議な体験をする。
ひとみは、あこがれていた円谷幸吉と出会い、マラソンの指導を受ける。幸吉は幸吉で、不思議な二人連れに出会い、未来について示唆を得る。須賀川は松尾芭蕉が弟子の曽良と長逗留した地である。その二人連れとは芭蕉と曽良である。
これらは、時代を超えたフィクションであるが、須賀川市には影沼公園が実在する。東日本大震災の時に建てられた仮設住宅が今も残っている。
ひとみは憧れの円谷幸吉との時空を超えた出会いによって多くのことを教えてもらう。そのお陰で、ひとみは力をつけ、2020年の東京オリンピックのマラソンの代表選手に選ばれるのである。
2020年7月14日、東京新国立競技場で円谷ひとみが、緊張の面持ちでマラソンのスタート地点に向かいながら空を見上げ、円谷幸吉が見上げた空に思いを馳せるというのが、最後のシーンである。
ん? 違う。 マラソンは東京ではなく札幌で開かれることになり、すでに決まっている代表選手の中に円谷ひとみの名はない。フィクションだから当たり前だが、少し残念。
しかし、須賀川には円谷幸吉の記念館、いくつかの芭蕉の句碑、ウルトラマンの銅像などが多数あり、訪れてみる価値がありそうである。また、須賀川城の城主だった二階堂家の由来が面白い。鎌倉時代に源頼朝が奥州征伐の際に目にした中尊寺の壮大さに驚き、頼朝は鎌倉の永福寺に二階建ての御堂を建設した。これに由来して鎌倉の執政官だった工藤氏が二階堂を名乗るようになり、後に二階堂家が須賀川の領主になったということである。
須賀川は中央と奥州との通り道にあって、歴史の交差点のような地であることが分かった。