ヒルビリー・エレジー (J.D.ヴァンス著、光文社)
アメリカの白人貧困労働者の悲哀を書いた自叙伝。アメリカでベストセラーになっている。今年3月に日本語訳が出版されたので、さっそく読んでみた。
アメリカの繁栄から取り残された白人労働者は「プア・ホワイト」と言われているが、その他にも「ヒルビリー(田舎者)」あるいは「レッドネック(首が日焼けした白人労働者)」「ホワイトラッシュ(白いゴミ)」という蔑称もある。彼らがなぜ貧困から抜け出せないか、なぜ民主党支持から共和党支持になったかがよく分かる本である。
著者のヴァンスは、アメリカの五大湖の南、オハイオ州のミッドタウンと少し南に下ったケンタッキー州のジャクソンで育った。祖母のいるジャクソンに姉とともに身を寄せていることが多かった。両方とも似たような街のようで、けんか、暴力、殺人が日常の出来事で、薬物中毒者の異常な行動が当たり前のような光景が描かれている。母親は看護師の仕事をしているのだが、次々と男を替え、薬物依存症になり仕事もうまく行かなくなる。母親として強い愛情をしめすことがある一方、ひどくわがままになることも多い。薬物検査の日には、著者の尿を出すように迫り、嫌がると、ひどい言葉でののしる。
このような家庭環境の中、ヴァンスの学校の成績は低かった。
しかし、著者は海兵隊に入り、有名なブート・キャンプで鍛えられ、自信を持つようになる。そして、努力してアメリカの名門大学イエール大学のロースクールに入学する。ジャクソンにもミッドタウンにもイエール大学に入った人は一人もいない。本人は面接がうまく行ったなど、運が良かったと書いているが、相当に地頭がいい人なのだろう。
著者は、自己を客観的に見ることができる。その最たることは、「ACE逆境的児童期体験」と自己分析していることである。幼児期に体験したことが大人になっても、考え方や行動に出る現象で、愛する人を傷つけるような言動をしてしまう症状をACEと言う。ACEに陥る児童期の体験とは、虐待を受けたことがある・体を投げられたことがある・薬物中毒者あるいは自殺未遂者と暮らしたことがある、などだが、著者はこれらすべてに当てはまる。恋人に指摘され、自制し自らを変えて行く。たぶん相当に自制心も強い人物なのだろう。
第11章の「白人労働者がオバマを嫌う理由」は、興味を持って読んだ。民主党のオバマは人種的な偏見を超えて、アフリカ系も南米もアジアも下層の労働者を平等に扱おうとしていることに対して、白人労働者たちは反感を覚えるものと、考えられるわけであるが、本章ではそうではないと記されている。もっと単純にヒルビリー達はヒーローを認めないのだと言う。そして、オバマは完ぺきな英語で難しい単語を多く使う。彼らはそういう人物を信用しない。政治家と人を騙すものだと思い込み、更に、オバマはアメリカ生まれではない、オバマはイスラム教徒だとも信じている。嘘のような話であるが、これについてのアンケート調査があるということである。
貧困者こそ教育が必要である。いくら援助しても、自ら貧困を脱出できる能力を身につけなくては叶わない。日本でも貧困家庭の子供たちの教育が問題になっているが、他山の石として認識しなければならないことである。