21世紀の資本 (トマ・ピケティ著、みすず書房)
アメリカで50万部も売れたという話題の本である。本文が608頁で、索引と原注部分が98頁もある。世界的に格差が拡大し、様々な問題が噴出している現代、何らかの解決策を求めている人が多く、ヒントを得たいと読む人が多いのだと思われる。
何しろ分厚い本なので、精読し切れていないが、大意は掴めたので、ホットな内にご紹介したい。
ピケティは、格差の問題は多くの文学作品で語られていて、歴史的事実であることには間違いないとし、ヴィクトル・ユーゴー、ジェイン・オースティン、バルザックなどの文学作品を紹介している。もちろん、経済学でも純理論的に格差が論じられている。そこで、ピケティはデータを集めた実証的な研究が必要であるとして、時間と労力をかけてビッグデータを解析し、格差の実態を本書で論証している。
ピケティは、r>gつまりr(資本収益率)がg(経済成長率)を上回っている場合、格差が拡大すると論じている。この状態の時に、資本を持つ人は投資するとr%の利益を得るが、多くの時代で経済成長率g%は低く、労働者の給料の増加はg%以上には増えない。これによって、格差が拡大するわけだが、これをデータで裏付けていて説得力がある。資本家は投資による利益が更に蓄積され、より多くの額の収益を得るのに対して、労働者の給料は一定の増額にとどまり、一層格差が広がる。
人類史上、多くの時代がr>gであったのだが、r>gではない状態とはどのような状態かというと、戦争が起こったときであるとしている。戦争になると生産に用いられる資本財が破壊される。戦時には生産拡大が行われ、雇用が増え給料が上がる。政府は戦費を増やすために累進性のある税制にする等々の理由によって、格差は縮小に向かう。
私の認識では、近年の格差拡大は、シカゴ学派のネオリベラリズム(新自由主義)によって広められた市場原理主義によってもたらされたと考えている。共和党のレーガン政権時代からそれが始まり、規制緩和、小さな政府という受け入れやすい言葉で、保険を縮小させ、税の累進性を弱め、相続税の廃止法案も可決させ、格差拡大の方向に向かわせた。レーガンは、トリクルダウンと言って富裕層の富が増えればそれが滴り落ちて全体が豊かになると言ったが、実際にはトリクルダウンは起こらなかった。こうした市場原理主義によって、アメリカではかつてないほど格差が大きくなっている。「We are 99%」というプラカードを掲げてウォール街を占拠しようというデモまで起こっている。
アメリカの富裕層の富の集中は凄まじく、ウォルマートの創業者サム・ウォルトンの子供たちはフォーブズの長者番付ベストテンに3人も入っていて、彼らの資産総額はアメリカ人の30%に相当する。30%ということはアメリカ人約1億人分の資産をウォルトン一族が占有しているということである。ウォルトンの子供として生れて来ただけで、巨額の富を得るという世襲構造がある限り、格差の拡大は止まることはない。
レーガンはトリクルダウンと言い、鄧小平は先富論を唱えたが、そのようにはならなかった。本書ではクズネッツが、経済発展時には格差が起こるがいずれ格差は縮まると楽観的に予測したが、そのようにはならなかったことを記述している。
レーガン大統領が登場する前は、ケインズ流の公共投資によって雇用が増え、格差が縮小していた。もうひとつ、ケインズは労働組合の育成にも努めた。これによって、アメリカは豊かな中間層が分厚く形成され、国力も盛んであったのである。
本書では、日本についての記述は、貯蓄とバブルについて述べられている部分では、多く扱われているが、他ではあまり言及されていない。日本のr(資本収益率)は比較的低く、ピケティの指摘が当てはまりにくい側面があるからかもしれない。
また、私見で申し訳ないが、日本の格差が拡大したのは長く続いたデフレによるものと考えられる。デフレは物の値段が下がるわけだから、保有貨幣の価値が上がるため金融資産を持っている者が有利である。貯金ができる余裕がある人は貯金の価値が上がり、借金を抱えている人はそれが重荷になる。もうひとつの原因は、欧米流の金融資本主義が広まり、「会社は株主のもの」という風潮が広がったことである。株主利益を増やす経営者が有能な経営者だとされ、ホリエモンが登場した2000年代は、リストラ計画を発表すると株価が上がるという現象が多く見られた。人件費はコストそのもので当然削減するべきものと見られ、給与所得が13年間も下がり続け、非正規社員の比率も拡大を続けた。経営者が人件費削減をする際には、デフレによる物価下落が給料を下げる理由となった。
では、どうすればいいか。ピケティは累進性の高い税制、相続税の増税などを提唱している。また、タックスヘイブンによる富裕層の逃避があるため、世界的な政策の同調が必要であるとしている。しかし、世界的な合意形成は極めて困難だとも述べている。
本書は、有望な解決策を提唱しているわけではないが、「格差が間違いなくあるのだ」ということを世界に認めさせる役割を果たしているものと思う。
日本では「格差はある」と多くの人が認識しているが、欧米には「格差などない」のだと根強く主張する人たちがいる。本書についても、彼らはピケティの調査研究は著しく偏見に満ちたものだという声を上げている。経済政策も経済学も、利害が異なる階層や集団の間の主張のぶつけ合いで、一種のムーブメント(運動)であるということを知っておいた方がいい。