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玉生弘昌(名誉会長)の読書

AIが神になる日 (松本徹三著、SB Creative)

 「AIが神になる日」という題名を見ると、SF小説のようなとんでもない未来が訪れるということが書かれているのではないかと思ってしまう。しかし、本書には、政治も経済運営もAIに任せてしまう方が、人類は幸せになれるということが書かれている。

 実は、著者の松本徹三氏の講演を聴いたので買って読むことにしたのである。年齢は78歳だが、大きな張りのある声で、おもしろく話をする人物であった。松本氏は、伊藤忠商事を辞めてIT関係の会社の経営をし、孫正義氏のブレーンにもなっているという経歴から見ると、荒唐無稽なSF小説のような本を書くわけはない。

 本書の前提には、シンギュラリティ(技術的特異点、AIが人間の知性を凌駕するとき)は必ず訪れるという認識がある。一般にはシンギュラリティは2045年頃に訪れると言われているが、氏はもう少し先と思っているということである。シンギュラリティが進むと、人間の理性的な仕事はAIにとって代わられるということになる。

 松本氏のもう一つの認識は、現在の民主主義と資本主義経済が行き詰まっているということである。民主主義は衆愚政治となり、一般大衆に迎合するようなポピュリズムが蔓延し、大きな不満を内包した社会となっている。人類の英知と言うが、本当に英知のある人が権力を持つことはなく、極論を唱える人が人気を得て権力者になる。また、金融が強くなった今日の資本主義はますます貧富の格差を広げている。

 そこに、人類を滅ぼしかねない核兵器と生物兵器があり、まさに「ナントカに刃物」の状態であると言っている。

 であるのであれば、AIに政治と経済を任せた方がいいというのが、松本氏の結論である。AIには欲がない、感情がない、差別しない、忘れない、おまけに休みを取らない。私利私欲がないということは、特定の人に有利な判断をすることがない。感情がないということは、怒りに任せることなく、純粋理性で判断をする。だから、人類はAIに任せれば幸せになると、松本氏は述べている。プラトンは哲人政治を、マルクスは計画経済を夢見たのであるが、実際にはいずれもうまく行かなかった。しかし、究極のAIに任せれば、うまく行くのではないかということである。

 理想的には、氏の言う通りかもしれないが、そこに至るプロセスはそう簡単なことではないような気がする。

 講演では、東京都多摩市の市長選において、AIで市政を運営すると主張した人が立候補し、4千票を獲得したものの落選してしまったという話しをしていた。日本のマスコミでは単なる泡沫候補扱いであったが、ワシントンポスト、ニューズウィーク、シカゴトリビューンなど海外のメディアでは「日本にAI市長候補が立候補し4千票も獲得した」と大きく報じられたと話し、とりあえずは地方自治体で小規模にAI政治を試みるのがいいのではないかと述べている。(このAI市長のエピソードは本書には記述されていない)

 この本の半分以上が、哲学について書かれている。AIを神にしようというのだから、まず、宗教について書かれている。そして、無神論と実存主義について解説している。ニーチェ、サルトル、キェルケゴール、ヘーゲル、マルクスなど無神論、唯物論や実存主義の系譜がどのようなものであるかについてもそれなりにまとめられている。哲学についての好奇心を刺激される本でもある。

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