ピカソは本当に偉いのか? (西岡文彦著、新潮新書)
著者西岡文彦は美術評論の専門家で、本書以外にも多くの著書がある。
ピカソは、91年間の生涯で非常に多くの作品を描き、画商たちは争って作品を買い入れた。つまり、ピカソは生前から巨額の収入を得ていた。
生前のゴッホが不遇であったことはよく知られていることであるが、セザンヌ、ロートレック、ゴーギャンも恵まれない生活を送っていた。さらに遡って中世のダ・ヴィンチやミケランジェロは芸術家として扱われず、石工や建築業などの職人として扱われていた。彼らは主として教会の注文で作品を作成し、その日当を受け取っていた。バチカンに賃金を払って欲しいという内容の手紙が残っているということである。このころは、作品を売るのではなく、注文を受けて工賃を得るという形態であった。
やがて、宗教改革によって偶像崇拝が否定されると、教会は美術品の発注者ではなくなる。やむなく、新教徒が多かったオランダのフェルメールやレンブラントなどが、宗教画以外の絵を描き始め、教会以外の美術品需要を探るようになった。そこで、画商が誕生し、作品を広く販売するという美術品取引が始まった。
19世紀後半になると、豊かになったアメリカ人が伝統と歴史に憧れてパリにやって来て、多くの絵画を買うようになった。この時期からパリを中心とする近代的な絵画市場が形成され、画商を通して販売されるという近代的な美術品市場が確立される。ピカソはその時代に制作を始め、生前から大金を握る数少ない作家となった。
本書の中頃は、ピカソの生涯について、特に女性遍歴について多くのページを割いている。ピカソには多くの愛人、恋人がいたが、結婚の約束を反故にしたり、自分の都合で女を捨てたりしたことが記述されている。ピカソの愛人であったマリー・テレーズは「ピカソはまず女を犯し、それから絵を描くのです」と言っていることを紹介している。作品「泣く女」を見ると、重苦しさを感じる。苦悩し狂乱して泣いている様子が強く漂っている作品である。女を苦悩に陥れることを楽しんでいるかのようだ。確かに、偉いとはとても言えない人物のようだ。
ピカソの絵は上手いのか?という問いに対して、著者は驚異的に上手いと言っている。高い価格が付くことには、ヨーロッパの絵画市場の歴史上絶妙なタイミングであったことと、前衛を尊ぶ風潮によって高値が付き、またアメリカ人富豪の顕示的消費とオークションが更に煽っていると論じている。
本書は、ヨーロッパにおいて芸術家と美術品の評価がどのように変遷して来たかが分かり易く書いてある。美術に興味がある人にお勧めの本である。
お陰さまで、美術愛好家の個人的な嗜好としては、ピカソは敬遠したい作家であったが、本書でその理由を語れるようになった。