増補 21世紀の国富論 (原丈人著、平凡社)
著者の原丈人は慶応義塾大学法学部を卒業後、考古学を志して渡米し、現在は、ベンチャーキャピタリストとして活躍しているという少々変わった経歴の持ち主である。
有望なベンチャーを見出すベンチャーキャピタリストとして次世代のITの方向を見極める洞察を行っているが、現在のITのコア技術の一つとしてTCP/IPをあげている。いきなり私事で恐縮だが、私が起業したプラネットのビジネスモデルは、まさにこのTCP/IPの特徴を活かして組み立てられている。当時はTCP/IPとは言わずにパケット通信と言っていたが、これを用いて複数対複数の標準化された大規模BtoBネットワークを創り出すことができた。まさに、コアな技術であった。
原は、現在のITの次に来るものとしてPUC(pervasive ubiquitous communication)と言う概念を挙げ、その構成技術を手掛けている企業に、集中的に投資をするという方針を打ち出している。かつて、孫正義がインターネット関連の企業に集中して投資すると言っていたことに似ている。原は、ITの先を見据えて、ベンチャーキャピタリストとして成功しているわけだが、クライアントサーバーからピアtoピア、リレーショナルDBから非構造型DBへとシフトするなど、次の情報化時代を予想している。ITに関わっている人にとって、この部分は大きなヒントとなる。
さて、原は本書で1.富の分配における公平性、2.経営の持続性、3.事業の改良改善性を原則とする、人々が幸せになることを目指した理想的な資本主義経済「公益資本主義」を提唱している。
近頃は、時価総額が企業経営の指標として重視され、時価総額を高めた経営者がよい経営者とされているが、これは企業の永続を危うくする可能性が高いと指摘している。経営者が短期的視野で、株価を上げることに集中することは、経営者が株主のために働くことにつながり、最も大事な「顧客のため、社会のため」という視点が損なわれることになる。顧客をないがしろにすることは企業の存立基盤を危うくする。また、原は経営者が得るストックオプションについても反対意見を述べている。ストックオプションは、株主と経営者の利害を一致させ、経営者が株主のために短期的に株価を上げることに重きを置く動機づけになるからである。
企業が長年かかって築いてきた内部留保を、株主になったばかりの人が配当を増やすべきだと迫ることも不合理である。創業時からの株主と後から株を買った株主とはまったく違う。長年保有している人には多くの配当を、短期的保有者には低い配当をする、あるいは、短期保有者には議決権がないなど、株の保有期間によって差をつけるなどの制度を設けるべきだと提言している。
行き過ぎた市場原理主義は、人々を幸せにしてこなかった。人々が豊かに、幸せになることを目的とする資本主義を見出さなければならない時期に来ている。原は非常に聡明な人物であり、合理的でなおかつ人道的な価値観を持っているようである。今後も、注目していきたい。
ところで、鉄道ファンのために付け加えたい。「原鉄道模型博物館」は原丈人の父親の原信太郎が収集あるいは製作した模型を展示する、世界最大級の鉄道模型博物館である。館内で精緻な模型が本物のような音を立てて走っている。原信太郎はコクヨの専務となり、多くの製造機械の特許を取得し、機械工学の分野で貢献した人物である。一度見学されることをお勧めしたい。