日本の企業家 中内 功 (石井淳蔵著、PHP)
著者で神戸大学名誉教授の石井淳蔵氏から本書をいただいた。「松下幸之助が作ったPHPが中内功の伝記を出すのは変ですが、・・」とおっしゃった。松下の電気製品を安売りするダイエーの中内功と松下幸之助が激しく対立したことは有名である。
数日後、今度は明治大学の佐々木聡教授が「丸田芳郎」の伝記をくださった。これら二つの本の装丁がまったく同じ。よく見るとPHPが企画した日本企業家の伝記シリーズだった。そのシリーズの一冊として「中内功」が含まれているので、PHPが中内功の伝記を出すことの訳が分かった。
石井淳蔵氏は、中内功が設立した流通科学大学の学長を務めていた方で、中内功とは何度もお会いになっている。本書を書くには最もふさわしい方である。しかも、文章がうまい。したがって、本書は、中内功がダイエーをいかにして創業し発展させてきたか、そして、晩年の苦境については、多くの人が既に知っていることだろうが、なぜ中内功がそのような道を進むことになったかが、改めて深く分かる。
また、当然ながら学術的な考察と時代背景についても的確に記述しているため、戦後日本の流通の歴史も理解できる本である。
中内功と末弟の中内力専務との確執について多くのページを割いている。拡大志向の強い功社長は「利益はチェーン全体で出せばいい。今は積極的な出店が必要だ」と主張するのに対して力専務は「一店ごとの採算を重視すべきだ」という意見だった。また、功社長は「卸店、メーカーにも介入する垂直統合」を目指していたが、力専務は「小売業は常にフリーハンドでなければならない」と言った。
ダイエーは、多くの同業のスーパーマーケットの買収を初め、アラモアナショッピングセンター、百貨店のプランタン、リクルート、更には球団も傘下に収めた。功社長は「売り上げはすべを癒す」と言っていた。つまり、どんどん拡大していけば多少の失敗はカバーされると考えていたと思われる。功社長の過酷な戦場での体験が、生き急ぐような人生にしてしまったのかもしれない。
やはり「安売り哲学」は戦後の飢えた時代の価値観であったのだろう。生活必需品が充足されるにつれて、そこそこのものが揃っているという総合スーパーは、人々に飽きられるようになってきた。そして、紳士服の専門店、家具の専門店、更にはホームセンター、ドラッグストアなどが、いわゆるカテゴリーキラーとなり、ダイエーの売上を奪うようになる。
結局、中内力専務はダイエーを去るのだが、もし、中内功社長が力専務に道を譲っていたらダイエーはまったく違ったものになっていたかもしれない。