あんぽん (佐野 眞一著、小学館)
「あんぽん」とは、在日韓国人であった孫正義が、かつて名乗っていた日本人名「安本(やすもと)」を音読みしたもので、子供のころ「あんぽん」と揶揄されていたとのことである。朝鮮人であることで差別をうけ、石を投げつけられたこともある。その時の傷が孫正義の頭には今も残っているという。
著者佐野眞一は、孫正義に関する読み物としては、最もおもしろいものにしたいとの意欲を持って、孫正義が幼少時代を過ごした九州の鳥栖を初め、朝鮮半島にまで足を伸ばして取材をしている。
孫家は、韓国南部の大邱(テグ)近郊の辺鄙な集落にいたが、作物が育たず、困窮を極めたため、孫正義の祖父の時代、密航のようにして来日している。そして、九州の朝鮮人集落に落ち着き、そこで養豚業を始める。さらに豚小屋の奥では酒を密造した。そこで、生まれた孫正義の父、安本三憲も養豚と密造をするのだが、さらに貸金業、パチンコ業へと転身し成功をおさめる。一方の母方の李家も、同じく朝鮮からやって来た渡来者で、その二世として孫正義の母親・玉子が生まれた。
激しい人物であるが、才覚のある三憲は、やがて成功をおさめ鳥栖の御殿と呼ばれる邸宅を建てる。兄弟親族を雇い入れ、事業を広めるのだが、やがて骨肉の争いがおこる。玉子の弟武雄も三憲の下で働いていたのだが、横領の疑いで「半殺し」にされて放逐される。武雄は、三憲に恨みを抱き「三憲を呼び出して川に叩き込んだ」という。佐野眞一は三憲と武雄それぞれに会って「半殺し」の目に遭ったのか、「川に叩き込まれた」のかインタビューをするが、全く違う答えが返ってくる。非常に激しい言葉で、ののしりあっている一族で、まるで梁石日の「血と骨」を地で行くようである。
三憲と玉子が結婚して生まれた次男が孫正義である。
もし、孫正義が暴力的な人物であれば、まさに三憲の血を引いているというだろうし、そうでなければ反面教師として自制をしているということになるだろう。
孫正義は非常に自制がきいた人物であることには間違いがない。ネットの中には孫正義への誹謗中傷があふれているが、孫正義は冷静に「僕は本当に日本が好きなのです」と返している。
東日本大震災の復興事業に100億円もの寄付をし、さらに10億円を出して自然エネルギー財団を立ち上げている。やはり、ただのジェスチャーだけでこれだけのことをすることはできない。やはり、孫正義の本当に日本が好きで、世の中のためになることをやろうと本気で思っているのだと理解したい。
孫正義の盟友の一人であった北尾吉孝(SBIホールディングス(株)代表取締役)に対しても、儒学者のように道理を説いていることについて疑いを持っている人もたくさんいるが、私は北尾氏も本気で思っているのだと理解している。
では、この本はいったい何なのであろうか。
孫正義は父とも叔父とも違う人格を持っている。だけど、いつかは本性を現すに違いないといいたいのだろうか。家族の血や幼少時に過ごした環境にも関わらず、素晴らしい人物になったといいたいのだろうか。
先祖がだれであろうと、今の孫正義は孫正義なのである。