舟を編む (三浦しをん著、光文社)
「本屋大賞」受賞ということで、読んでみることにした。三浦しをんについては、まったく何の予備知識もなかったのだが、読み始めて、数ページでこの作家は女性だなと気がついた。実に繊細な描写が随所にあり、女性ならではの感覚であろうと感じられた。瞬間に反応する心理を短いコメントで表しているのが、心地よいリズム感である。
「ツーといえばカー」、「オイといえばお茶」、「ネーといえばムーミン」。クスっと笑える。ネタばらしをするのは、ルール違反かもしれないが、ほかにも快感を味わえる表現があるので、本を買って読むといいと付け加えることで、ご勘弁いただきたい。 三浦しをんの経歴は全く知らないのであるが、たぶん大手出版社に在籍していて、辞書の編集部を垣間見ていたことがあったのだろうか。辞書編集部の雰囲気がよく表現されている。来る日も来る日も「用例採集カード」を作り、それを山のように保管して、辞書に掲載すべき用語を選び、多様な意味を整理していく。実に実に、地道な仕事である。また、校正も超人的な集中力を要する作業であることがよく分かった。
子供のころから辞書好きだった荒木公平は、玄武書房で37年も辞書編集一筋だったが、いよいよ残すところ数か月で定年という時に、後継者馬締(まじめ)光也を見出す。馬締は最初は戸惑うものの、持前の言葉に対する感覚を一層磨き、一流の辞書編集者へと成長する。変わり者の馬締も恋をする。相手は下宿のおばさんの美人の姪、香具矢。香具矢が登場する場面は、この本はSF小説なのかなと思わせるほど、唐突で印象的である。
さらに、女性向けファッション雑誌の編集をしていた岸辺みどりが辞書編集部に配属になる。辞書編集部が取り組んでいる辞書「大渡海」は13年間も編集を続け、まだ出版に至っていないことに驚くが、次第に馴染んでいく。辞書には、薄く軽く裏写りしない特殊な紙が使われるが、みどりはこの用紙に興味を持ち造詣を深める。いずれ、みどりは荒木から馬締へと続いている仕事を引き継ぐことになるのだろう。
悪い人は一人も出てこない。変な人であっても癖のある人であっても、思いやりと愛情を持って、行動し言葉を述べる。安心して読み進めことができる。
そして、最後に「大渡海」が完成し、記念パーティーが開催される。しかし、辞書の編集はこれで終わりではない、営々と改修作業が続くのだそうだ。
小説の方はパーティーで大団円となる。