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東日本大震災を振り返る〜地域に根ざした卸売業として〜

株式会社東流社

〒984−8584 宮城県仙台市若林区卸町東三丁目4番13号
http://www.toryusha.co.jp/
(PLANETvanvan 2012年夏号 掲載記事より)

昨年3月の東日本大震災を機に、災害対策やBCPについて見直しを始めた企業は多い。しかし、具体的にどのような対策を講じたらよいのか決めかねている、という声もよく聞かれる。実際の災害の現場では、何が重要となるのだろうか。そこで今回は、東北地方を代表する卸売業として、震災直後から地域への生活必需品の供給に尽力した株式会社東流社を取材し、震災から1年以上が経過した今、改めて当時の状況を振り返っていただいた。

吉成 豊さん 物流業務システム統括部物流部 部長兼 二本松物流センター センター長/小山田 司さん 物流業務システム統括部業務システム部情報システムグループ マネージャー/星 正一さん 物流業務システム統括部業務システム部情報システムグループ マネージャー

臨時受注センターを立ち上げ、震災3日後に出荷業務を開始

震災直後の二本松物流センター

▲震災直後の二本松物流センター

 中央卸売市場や流通団地、物流倉庫が立ち並ぶ仙台市若林区に所在する東流社本社。東日本大震災では津波の影響は免れたが、地震で什器が転倒し、商品も荷崩れを起こすなどの被害があった。いちばんの支障となったのは、震災直後から仙台一帯が約1週間にわたり停電し、通信回線も遮断されたことだった。当時、本社で業務にあたっていた情報システムグループマネージャーの小山田司氏は、次のように振り返る。

 「当社では前年、危機管理の一環として基幹システムを県外のデータセンターにハウジングしていたため、EOSやEDIなどの通信、受注出荷システムや売掛買掛の重要なデータは幸い無事でした。ただ従来、EOS受注業務は本社で行っておりましたが、震災による停電で全く機能しなくなったので、早急にその対策を考えなければなりませんでした」。

 携帯電話やメール等を使ってなんとか連絡を取り合いながら打開策を検討。週明けの月曜朝には小山田氏が自ら本社のPCを数台持って山形営業所へと移動し、そこで臨時の受注センターを稼働させることで対応した。

 一方、最大の物流拠点である二本松物流センター(福島県)では、センター長の吉成豊氏が指揮を取って、ガラスが割れた窓にブルーシートを張り、週末のうちに事務所や倉庫内に散乱した商品等を整理して、週明けから出荷できる態勢を整えていた。

 こうして震災から3日後の月曜日に業務が再開されたが、当然、受発注は混乱した。得意先からの自動発注で注文データが送信されてくるものの、実際には店舗や納品センターが被災していて商品を受け入れられない場合があり、1件1件、営業担当者が得意先に確認を取る作業が続く。そのためEOSは店舗単位、または企業単位で破棄する場合も多数あり、確認を必要とする状況だったという。

 また、EOSが使用できなくなった得意先からはファックスやメールなどで注文が入る状況となったため、手書き伝票で対応した。

 「震災の混乱と品物不足から、異常な量の受注や得意先様からの商品引取りのご要望が集中し、すべてのご注文通りに対応するのは難しい状況でしたが、手作業で商品の配分を行い、プラネット商品データベースを活用して整備した自社マスタから、各商品の重さや容積の情報を抽出して計算し、手配した大型車に載せられるだけ載せて出荷していました。私たちは常日頃から納期厳守を大原則として行動しており、さまざまな困難に対処してきました。そうした現場での経験の積み重ねが、今回役に立ったと思います」(吉成氏)。

全社員が使命感をもって業務遂行

震災の3日後に出荷業務を再開した二本松物流センター

▲震災の3日後に出荷業務を再開した二本松物流センター

 在庫の出荷と並行して、商品の調達にも苦労した。メーカーには品不足に苦しむ被災地への優先配荷に協力を申し入れたが、製造拠点が被災したメーカーも少なくない上に、配送車両や燃料が確保できないなど、問題は山積していた。特に東北自動車道が寸断され、さらに福島原子力発電所の事故による風評被害も加わり、仙台や二本松への輸配送が困難な状況だったため、同社の佐野物流センター(栃木県)や新潟出張所に緊急輸送してもらい、そこへ引き取りに行くなどの対応策をとった。日ごろから地域に密着し、東北の物流を熟知している同社だからこそ、速やかに的確な判断をすることができたといえる。

 業務面で最後まで手がかかったのは、プラネット経由のEDIデータと実際の商品入出荷状況との照合だ。データの送受信には問題がなくても、仕入データの通りにメーカーから出荷されていなかったり、出荷から仕入データ送信までにタイムラグがあったり、また、紙の伝票に切り替わったメーカーも少なくなかったため、仕入(買掛)計上のずれを精査する必要があった。これは得意先への出荷(売掛)も同様で、本社システムが復旧した後も事態の収拾には時間を要した。

 「入荷や納品に関わるシステムデータと実態との照合は、得意先様と仕入先様にご協力いただき、3月末で計上処理を何とか締めることができました」と、情報システムグループマネージャーの星正一氏は言う。

 こうしたイレギュラーな対応は、5月下旬まで続き、夜通し作業することも多かった。

 「当社が扱うのは生活必需品であり、大切な商品を得意先様に、そしてその先にいらっしゃる地域の生活者の方々のお手元へ届けることが我々の使命だと社員全員が感じていました。社員の中には自宅が倒壊した者や、津波に遭って家族が避難所生活をしている者もおりましたが、それでも皆が会社へ来て必死に業務にあたってくれました。本当に深く感謝しています」(星氏)。

連絡手段の確保とシステム安定運用が最優先

震災直後の本社オフィス

▲震災直後の本社オフィス

 東流社では震災を機に、危機管理や災害対策への認識が大きく変わったという。特に震災直後、社員同士で連絡がつかず、安否確認に手間取ったことは大問題だった。そこで衛星電話を用意したほか、緊急連絡網の整備や携帯電話で容易に連絡がとれる仕組みの検討など、現在も連絡手段の確保を進めている。

 東日本大震災後、同社が迅速に業務を再開できた大きな理由として、基幹システムをデータセンターでハウジングしていたため、問題なく稼働したことが挙げられる。

 「システムがダウンした取引先様も多かったのですが、当社のデータが生きていたため、それを基にお取引を行うことができました。当社ではその後、新たにもう1台のサーバーをデータセンターへ預けており、本社に残るシステムについても移設を検討しています」(小山田氏)。

 また、緊急時に必ずしも担当者が在席しているとは限らないため、業務マニュアルの整備や電子化までは準備できていたが、業務スキルの共有は今後の課題に挙がっている。さらにネットワーク回線に関しても、有線のバックアップ回線に加え、有事の際に無線を利用できる態勢づくりの検討も進めている。

 物流センターについては、それまで二本松物流センターへの拠点集中型で効率化を図ってきたが、今回、得意先から「二本松センターに何かあったら出荷はどうなるのか」といった問い合わせが寄せられた。そこで、近隣の拠点に一部在庫を分散して、リスク回避を図るようにしたという。

 震災から1年以上が経過し、ようやく平常どおりの業務がスムーズに流れるようになった現在のプラネットサービスの利用状況やご要望について伺った。

 「メーカー様との発注・仕入業務は現在、83%がEDIによってオンライン化されています。今後、プラネット様の協力を得て、残りについてもできるだけEDI化を進めたいですね。また、商品データベースに登録された商品情報を活用して自社商品マスタの整備に努めていますが、全体の50%ほどが効率化できている状況です。未登録アイテムの存在や、画像の品質や情報の精度などの課題がありますので、メーカー様への継続的なフォローをお願いしたいですね」(星氏)。

 いかなる想定も超える災害となった東日本大震災。自らも被災しながら、地域に根ざした卸売業としての使命を最優先し、人々のライフラインの確保に尽力した東流社は、改めて卸売業の役割と存在価値を世の中に再認識させてくれた。今回うかがった貴重なお話から、プラネットは多くのことを学び、今後のサービス改善に生かしてゆく所存だ。

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