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プラネットユーザー会2021

基調講演抄録

売上3000億企業のデジタル革命への
挑戦
 ~コープDX奮闘記~

生活協同組合コープさっぽろCIO、
ロケスタ株式会社代表取締役社長
長谷川 秀樹

長谷川 秀樹
1994年アクセンチュア株式会社入社。2008年株式会社東急ハンズ入社、11年執行役員、13年ハンズラボ株式会社代表取締役社長を兼任。18年にロケスタ株式会社を起業し、代表取締役社長。同年、株式会社メルカリ執行役員。20年、生活協同組合コープさっぽろCIO。その他複数社のCIOを兼務。21年、ブックオフコーポレーション社外取締役。

ITを駆使して業務の生産性を飛躍的に高めるデジタル・トランスフォーメーション(DX)。
先進企業では、オンラインツールやクラウドをどのように活用しているのか。
生活協同組合コープさっぽろでCIOとしてDXを推進する長谷川秀樹氏に、同社の事例を中心にご講演いただいた。

場所・時間の制約がないオンライン空間「分身の術」で部署間の連携がスムーズに

 DXのイメージは「オンライン空間の住人になること」だ。従来のオフライン中心の世界と、デジタル化が進んだオンライン中心の世界を対比させながら説明していく。
 オンラインの世界は広大で物理的制約がない。たとえばオフラインの世界で8人が参加する会議を行う場合、8人が入れる会議室の空きと各自の予定を照らし合わせてスケジュールを決めなくてはならない。一方、オンラインなら場所やキャパシティーの制約はない。さらに、Slackのようなチャットツールを使えば全員が同じ時間に参加する必要がなく、時間の制約もなくなる。
 オンラインの業務設計では、紙は存在しない。紙を使わないことで、手戻りなど面倒なことがなくなる。私はメルカリに一年間いたが、一回も紙に触れなかった。通常の会社なら入社手続きから人事や経理関係など複数の書類に記入しなくてはならない。しかしメルカリはこうした手続きもオンラインででき、入社後の会議や年末調整などもペーパーレスだった。私も驚いたが、無理にペーパーレス化しているわけではなく、紙を使わないほうが気持ちよく合理的に仕事ができると感じた。
 注意してほしいのは、ペーパーレス化自体が目的ではないことだ。よくある失敗例として、会議資料をiPadなどで見るように変えるケースがあるが、単に見にくくなるだけで、「デジタル化って嫌だよね」となって逆戻りしてしまう可能性がある。これは会議のやり方を変えずに資料だけをペーパーレス化するために起こる失敗だ。具体的にどうすればよいかは後述する。
 オンラインの空間には複数の自分がいて、「分身の術」が使える。オンラインでは複数の会議室がデジタル空間に同時に存在し、オフラインの仕事も含めて複数のプロジェクトを同時並列で進めたり、他部署の会議やミーティングに参加したりすることができる。縦割りになっている会社など、従来は部署間の意思疎通の悪さがネックになることが多かったが、オンラインの世界では横串を通しやすく、部署間の仕事が円滑に進められる。また、物理的な制限が緩和され、「超並列」に仕事を進められるようになり、効率化が期待できる。

企業文化は「性悪説」から「性善説」に変化 パソコン紛失時の始末書は不要

 続いて、今後の企業文化の変化について説明する。
 オンライン化というとフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを軽視していると思われがちだが、生産性が上がって仕事の時間が減ることで、1対1のミーティングが今まで以上にできる。今までは就業時間外に飲み会などを行ってコミュニケーションを取っていたのに対し、就業時間内にそのような時間が取れるようになる。
 従来の紙を中心とした業務では「性悪説」だったが、オンライン時代は「性善説」がベースになる。たとえば契約書が紙の場合、会社の印鑑は総務部門などが管理をしていたため、社員は勝手に契約書を作成できなかった。しかし電子契約になると、ログが残るのでどの社員がいつどこの会社へ契約書を送付したかが把握できるようになる。よって社員に電子署名の権限を与えることができる。紙の時代は社員が勝手なことをしても発覚しにくかったが、オンライン時代は全部ログが残り、防犯カメラがたくさんある所で悪事を働くようなものなので、誰も悪いことはしなくなる。
 システムに対する考えも変化している。旧来型の会社が今までのやり方(レガシー)にこだわるのに対し、先進的な会社はSaaSと呼ばれるクラウドのシステムパッケージを使い、さらに良いSaaSが登場すればどんどん乗り換えていく。
 また、従来はパソコンを紛失したら始末書を書かされることが一般的だった。だが、オンライン化が進んでいる会社では始末書がなく、紛失届だけを出せばよい。紛失の報告があると、そのパソコンのデータを遠隔で消せる仕組みがある。懲罰的な始末書があると、なくした社員は一生懸命探そうとする。しかし、会社としては情報漏洩を防ぐために一刻も早く紛失届を出してほしいと考える。そうした合理的な考えから始末書をなくしている。

三つのコミュニケーションチャネルの活用で生産性を飛躍的に高める

 ここからは、コープさっぽろでの取り組みを紹介しながら具体的な実践法を解説する。
 ほとんどの会社はパソコンのCドライブ(ハードディスク)上で仕事をしていると思うが、コープさっぽろではオンラインで情報を共有し、「超並列」で仕事を進めている。パソコンの使用やペーパーレス化がデジタル化と捉えられがちだが、DXとしては不十分だ。
 ホワイトカラーの仕事の9割は広義のコミュニケーションだ。ここで言うコミュニケーションには、資料の作成やそれについての相談・アドバイス、会議なども含まれる。しかし従来のDXはシステム改善が中心で、個別のシステムを使用して業務を行っている時間は経費精算や勤怠など約1割にすぎない。生産性を上げるには、9割を占めるコミュニケーションの改善が必要だ。
 コミュニケーションには三つのチャネルがある。一つ目は昔からある口頭で、対面のほかウェブ会議などでの発言も含まれる。二つ目はSlackに代表されるチャット形式でのコミュニケーション。三つ目が一番重要な「オンラインドキュメントコミュニケーション」だ。
 従来の会議では、一人が議案を説明し、その後審議に入る。当然ながら一人が話している間は他の参加者は聞く側にまわり、二人以上が同時に話すことはできない。
 コープさっぽろの経営会議では、議案が口頭で説明されている間に、他の参加者はグーグルドキュメントのコメント機能を使って、オンラインのドキュメントに「この数字の根拠は何ですか?」「どのような経緯でこうなったのですか?」といった質問を書き込んでいく。議案の説明が終わったときには質問がすべてそろっている。この方法なら、誰かが話している最中に複数人が同時に質問できる。さらに、自分と関係のない話題のときなどに、Slackで他のプロジェクトのメンバーに返信したりもできる。これが三つのチャネルを使った「超並列」のコミュニケーションだ。複数のチャネルを同時に使うのはもちろん大変なので、全員ができるとは限らないが、それが可能な人は、飛躍的に生産性を高められる。
 議事録の作成方法も変わる。従来は会議終了後に作成されて参加者に確認を取るので、完成までに時間がかかっていた。これからの議事録は、会議中にオンラインで共有されている議案の真下に書き込んでいく。「私はそんなことは言っていない」という参加者がいたら、その場で修正する。会議が終わったときには完成しており、議案とセットにすることで見やすく、後で探す必要もなくなる。
 紙の資料は一度印刷してしまえば変更できず、メモを書き込むことはできても、その内容が他の人に自動的に共有されることはない。一方、オンラインドキュメントは会議中にもどんどんアップデートされる、生き物のようなドキュメントだ。

クリック一つで資料にアクセス可能 ファイルはバージョンを増やさない

 次は資料の作り方を説明する。従来は、でき上がった資料が上司の意図と違っていて作り直しになることが起こりやすかった。これは作成中にコミュニケーションがないことが原因だ。作りかけの資料をオンラインで上司と部下が共有し、上司が定期的にチェックできるようにすれば、方向性が違っていた場合に軌道修正ができる。作成途中の資料を上司に見せることは、従来の企業文化では慣れていないので抵抗があるかもしれないが、お互いに時間を無駄にせずに済む。
 また、オフライン中心の業務環境では目的の資料を見つけるためにファイルサーバーやメールボックスの中を探し回ることが多いと思うが、コープさっぽろではリンクをクリックするだけでグーグルドライブに保存されている資料が見られるようになっている。たとえばシステム投資委員会では、会議でオンライン共有するドキュメントに、議案に関連する見積書や提案書へのリンクを張り、「承認」「条件付き承認」「却下」などの審議結果もドキュメントに書き込めるようにした。現在はさらに進んで、Slackアプリからのリンクで資料が閲覧できるようになっている。また、スケジュールアプリにもリンクを張り、スケジュールされている会議の関連資料がクリックで見られるようにもしている。
 資料や議案などのファイルは、版(バージョン)を増やさないようにすることがポイントだ。複数の版が存在すると、どれが最新なのか分からなくなる。従来はメールに添付して送ったり印刷したりするとそれ以降は更新できないため、新たな版を作る必要があった。しかしオンラインで共有されているドキュメントは更新可能なので、常に最新版しか存在しない。
 経営会議のファイルも年度が変われば分けるが、年度内では第1回、第2回、第3回……と同じファイルに書き足していく。「この議案は2回前の経営会議でも出た」という話になれば、下にスクロールするだけで確認できる。しかしファイルを分けていれば、以前のファイルを探さなくてはならず、時間のロスが発生する。

Slackでトラブルに迅速対応 拠点間のコミュニケーションも容易に

 Slack活用の効果は現場でも出ている。
 ある店舗のデリカ部で、から揚げの一部のロットが揚げると黒く変色してしまうという事態が発生した。従来であれば店舗の誰かが気づいてバイヤーに連絡し、バイヤーがスーパーバイザーに連絡し、スーパーバイザーが各店に連絡を取って……と電話を何本もかける必要があった。しかしバイヤーや店舗のデリカ部らが参加するSlackのチャネルで、担当者がから揚げの写真をアップし、このロットに異変があることが判明し、「○○店撤去しました」「××店撤去しました」という報告が次々にチャネル上で行われた。
 このほか、落とし物があった場合や、誰に聞けばよいか分からない質問がある場合などに、誰でも使えるチャネルを利用できる。コープさっぽろは北海道の中に多数の拠点があるが、オンライン空間に仲間がいれば、距離や時間の制約を気にせず仕事の相談などが容易にできる。
 現在は社員だけでなく、パート・アルバイトにもSlackとグーグルワークスペース(クラウドアイデンティティを含む)の配布を進めている。
 DXに対しては「うちは古い会社だから」「規模もそれなりにあるので、なかなか……」という会社も多いと思うが、創業から50年以上経っており、売上3000億円超のコープさっぽろでもここまでやっているので、「わが社でもできる」と思っていただければ幸いである。