第1部 業界サプライチェーン・ビジョン
(1)背景 化粧品日用品業界は、今、大きな転換期を迎えている。その背景には、第1に、市場全体の売上数量の停滞と消費の成熟化がある。国民の生活水準が上がり、人口増加が停滞している現在、消費者のニーズをつかみ商品の付加価値を上げることを通じてしか成長は望めない。しかし、ものが満ち溢れている中で消費者が何を買うのかを完全に予測するのは難しく、消費者自身が商品の機能や品質を判断する能力も高くなりつつある。消費者にとって価値の高いものを提供するには、並大抵でない努力が必要なのである。第2に、1990年代に入ってからの店頭小売価格の低下傾向がある。一時的、局所的な値下げ競争ではなく、市場全体のゆるやかなデフレ傾向は、業界にとって初めての経験である。第3に、大規模店舗法の緩和は、流通構造に直接的な影響を与えるであろう。第4に、情報技術の発達、特に、分散処理型でオープンなコンピュータ・ネットワークの普及が、企業内、企業間、企業と消費者の間の業務プロセスやコミュニケーションに大きな影響を与えつつある。 こうした環境条件の変化の中で、化粧品日用品のサプライチェーンをささえるメーカー、卸、小売といった諸企業の成功要因も変化している。右肩上がりの成長が維持されていた時代には、利益率よりも売上を増加させることが何より重要である。したがって、メーカーにとっての成功要因は、広くあまねく商品を店頭におき、卸などの中間流通業者との安定的な取引関係を築くことであった。卸は一定の商圏でメーカーの商品を安定的に供給する役割を果たし、小売はメーカーから販促費を得ながら、値引きによって供給される商品を売り切ろうとした。大規模店舗法によって小売間の競争が抑制されたことも、あらゆる規模の小売の利益確保に貢献した。 市場の成長が停滞し、消費が成熟すると、サプライチェーンのありかたも大きく問い直される。従来は商品をいかに安定的に供給し、いかに売りきるかがポイントであったが、価格を下げるという手段だけではもはや売れない時代がきたのである。このような時代には、さまざまな商品をすばやく低コストで供給し、市場の反応をみて、売れない商品は撤退して売れ筋商品には確実に供給を続け、機会損失をつくらないことが重要である。また、いたずらにトライ・アンド・エラーを繰り返すだけでなく、サプライチェーン全体が学習を重ねていかなくてはならない。 新しい環境に適応したサプライチェーンを構築するためには、工場から店頭まで全体として効率的なしくみをつくるという視点が欠かせない。また、売れる商品、消費を喚起するサービスを生み出すためには、メーカー、小売、卸、物流業者、情報サービス業者といった異種のプレイヤーが、それぞれ異なる情報と経験をもって知恵を出し合うことが必要になってくる。メーカーはものをつくることをよく知り、小売は消費者の生の行動をよく知り、卸は生産の論理と販売の論理を仲介することに長い経験がある。物流や情報システムなどに特化した業者は、それぞれにノウハウがある。これらの要素を有機的に結合させていかなければ、消費者に価値のあるサービスを提供することができないのである。 したがって、企業間の競争も従来とは異なるありかたを模索しなくてはならない。メーカー、卸、小売といった垂直方向の企業間関係も、メーカー同士、卸同士、小売同士といった水平方向の企業間関係も、市場のパイをめぐって今まで以上にし烈な競争が展開される一方で、互恵的な協力関係も必要とされるのである。垂直方向では、メーカー、小売、卸、各種の専門業者が協力し合ってそれぞれの能力を結合させなければ、物流や業務プロセスを抜本的に効率化することや、効果的なマーチャンダイジングを展開することができない。水平方向では、重複投資を防ぐために、情報流や物流面での標準化の作業が、より重要性を増すようになってくるであろう。標準化は、各社が画一的なサービスを提供することではなく、共通の基盤をつくって、その上で各社の激しい競争がなされることを意味する。 暗中模索の変革期に欠かせないのが、業界全体の方向性を示すビジョンである。ビジョンは、特定の企業や業種の利益から描かれたものではなく、何よりも消費者にとって価値の高い商品・サービスを提供するという目的から出発したもので、現状の利害関係にとらわれないものでなくては成功しないであろう。 |