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会長の読書(旧「社長の読書」)

 

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阿蘭陀西鶴 (朝井まかて著、講談社文庫)

 いま読んでいる本に飽きて、本屋を物色していたら、この本に出合った。

  数ページ読んだだけで、相当な書き手であると感じた。それもそのはず、2014年に「恋歌」で直木賞を受賞している。毎年の直木賞はチェックするのだが、題名を見て敬遠したため、作家の名前も忘れていた。色恋沙汰の本は読むのが億劫だからである。

 井原西鶴の娘おあいが台所仕事している場面から始まる。何か変だなと感じていると、10ページ目に「私が盲目やからやろうか」と書かれている。そうか、西鶴の娘は目が見えないのかと理解する。その後も、おあいの生活が、音と匂いと手探りだけで行われる様子が一貫して書かれている。

  亡くなった母親に教わった炊事、洗濯、掃除、裁縫までも盲目の身でありながら黙々とこなし、父親の面倒を見ていたのだが、父親のやることしゃべることに心の内で反発していた。しかし、時がたつにつれ、疎ましく思っていた父親の心情を理解するようになり、おあいの表情が変わってくる。それに気付かされるのは、家事の手伝いをしていた女衆(おなごし)のお玉からの指摘であった。目が見える人は、表情を読み取るのだと言われた。おあいは父親にも表情を見られていたに違いないと気付く。

  さて、西鶴は元々は俳諧師であった。派手な宣伝好きな西鶴は、生國霊神社で一昼夜で四千句を詠むという矢数俳諧を興行し、日本一の俳諧師と誉めそやされるのだが、浮世草子がはやり始めると、西鶴は早速書き始める。書きあがったのが八巻八冊の大部作「好色一代男」である。これが大当たりする。最初は渋っていた版元が、さらなる作品を求めてくるようになり、「好色五人女」などの好色ものから商売を描いた小説「日本永代蔵」「世間胸算用」など次々と書き上げるようになった。さらに浄瑠璃の脚本にも手を染めるようになり、近松門左衛門とも出会う。こうなると、俳諧師からは様々な批判も出てくるようになるのだが、西鶴は意に介さず、次第に俳諧への興味をなくしていく。

  日本には、宮廷小説の源氏物語、軍記物の太平記、土佐日記などの日記文学、など優れた文学作品が多数あるが、井原西鶴は日本初の庶民のための大衆小説作家であると言える。庶民のものであった歌舞伎や人形浄瑠璃の台本作家は名前を残していない。近松門左衛門になって初めて作家名が明記されるようになったようだ。

  冒頭に記したように、色恋沙汰の本はあまり読まないので、西鶴の好色物は読んでいないが。「日本永代蔵」は読んだことがある。情景描写が巧みで、よくもこうすらすらと文章が出てくるものだと感心した記憶がある。江戸時代の風俗、庶民の暮らしなどが闊達に描かれていた。もう一度「日本永代蔵」を読んでみたくなった。



[ 執筆日:2017年01月10日 ]

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