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会長の読書(旧「社長の読書」)

 

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「マルクスが日本に生まれていたら」(出光佐三著、春秋社)

 この本は、1966年に出光興産の社長室のメンバーによる勉強会と出光佐三との問答をまとめ、出版されたものである。2013年のベストセラー「海賊と呼ばれた男」に、この本の存在が記載されていたため、出光興産への問い合わせが増え、今般、復刻された。

 マルクスは共産主義の元となった「資本論」を書いた。資本主義においては、資本家は労働者を使って経済活動をし、更に搾取することによって利益を生み出す。したがって、資本主義において搾取はなくならないという、いわゆる労働価値説に基づいている。マルクスは、その虐げられたプロレタリアートを開放することを目指し、資本主義はやがて階級闘争によって共産主義に移行すると論じた。
 今日では、ソ連邦の崩壊によって共産主義は否定されているが、昭和初期の日本ではマルクス主義に走る若い人が大勢いた。戦後も、共産主義革命を目指す人が激しい労働争議を起したこともあった。中でも日本教職員組合が共産主義的な階級闘争を目指したことには多くの人が懸念していた。このような時代に、出光佐三は共産主義とは何だろうと思い、マルクスを研究したものと考えられる。

 マルクスの理想とした平和と人類の福祉の向上については、出光佐三は共感を覚えているが、理想の実現方法についてはマルクスが階級闘争を不可欠としているのに対して、出光佐三は人類愛の上に立った互譲互助、和の道を唱えた。

 また、奴隷制があり征服・革命を繰り返し、人びとは個人主義となり、唯物的な考えに陥っている国を「物の国」とし、日本は人々の信頼の上にある国、つまり「人の国」であると出光佐三は説明している。「資本論」は唯物史観に基づき、物の充足が人々の福祉につながるとし、資源の再配分については計画経済を提唱した。しかし、計画経済は結局上手く行かなかった。

 もし、マルクスが日本に生れていたら、歴史観も異なり、理想の国を実現する方法も違ったものになっていただろう。自分は、マルクスに同情していると語っている。

 出光佐三は、本書で経営について様々な言葉で語っているが、最も印象的なのは次の行(くだり)である。
 「商人とお客さんとは対立するものではない。専門の知識をもって働き油の方は僕が責任を持って引き受けますから、あなたの方は本業に全力を注いでくださいという互助の精神を知った」

 ところで、先日、ある表具師の店を訪ねたら、出光佐三の書を目にすることができた。堂々と「日本人」と書いてあった。いかにも出光佐三らしい見事なものであった。出光佐三の人となりを更に知りたくなった。

以上

[ 2015年1月15日 ]

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