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プラネッ太くんの社会科見学

真似せず、真似されず日本ののどを守って200年

 (PLANETvanvan 2012年春号 掲載記事より)

「ゴホンといえば〜」というフレーズに、お馴染みの方も多い龍角散。200年以上の歴史を持つ同社は、食の安全に対する消費者意識の高まりを受けて昨年9月、従来の原料のみ供給から一転し、製造から自社で手がけた「龍角散ののどすっきり飴」を発売しました。
その背景には、「伝統を守るだけではなく、将来に向けた能動的な進化が必要」という藤井隆太社長の信念があります。学生時代には音楽を専攻し、プロとしての活動経験もある藤井社長に、同社の歴史や製品に対する想い、音楽と経営の共通点を伺いました。

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今回おじゃましたのは… 株式会社龍角散 http://www.ryukakusan.co.jp

安心して使える、セルフメディケーションのお手伝い

 当社の初代は江戸中期に秋田(佐竹)藩藩医だった藤井玄淵で、私は八代目です。龍角散は、三代目の正亭治が藩主の喘息を治したいという思いから、生み出したものです。初代の漢方薬の処方を元に、正亭治が学んだ西洋医学の知識を生かした研究と改良の末に創製しました。生薬ならではの穏やかな効き目が、幅広い層から支持を得ているロングセラーです。私の代になってから東南アジアや北米市場を強化したところ、近頃はこの龍角散が日本の6倍も売れています。海外でも龍角散の品質が認められたのは、たいへん嬉しいことです。

 当社には、“日本ののどを守って200年”という自負と責任があります。みなさまの健康を守るためには、利益のみを追求するわけに参りません。私たちは、何が求められているのかを考えると同時に、どうすれば安全に使っていただけるかを常に考えており、その姿勢は江戸時代から現代に至るまで変わらずに受け継がれています。

 薬には、効き目だけでなく副作用のリスクも伴います。間違った使い方をすると健康を害する可能性もあるのです。ですから製品によっては、あえて黒や赤などの色を使ったデザインのパッケージを採用しています。見栄えよりも「この製品の特長をよく理解した上で使ってくださいね」という注意喚起を優先すべき、と考えてのことです。社会的にもセルフメディケーションへの意識が高まるなか、今後もみなさまにお薬を正しく安全に使っていただけるよう、努めて参ります。

安心して使える、セルフメディケーションのお手伝い

新製品で社会に貢献する喜び

 200年以上にも及ぶ当社の歴史は大切な財産ですが、それを守るだけではここまで続かなかったでしょう。歴代の社長も、常に経営革新を続けてきました。秋田から上京し、輸出を始め、早い段階からテレビCMを行うなど、時代の流れに伴って変化してきたからこそ、今日があるのです。

 私は1995年に社長に就任して以来、将来を見据えて、新しいビジネスにも積極的に取り組もうと、新製品の開発に情熱を注いできました。その代表例が、嚥下補助ゼリーです。きっかけは、お年寄りの介護施設を見学した自分自身の体験でした。高齢になると物をのみ込む力が機能的に低下し、錠剤やカプセルなどのお薬が飲みにくくなってしまうのです。そのため介護の現場では、なんとかお薬を飲んでもらおうと食事に混ぜるなどの工夫をするのですが、なかなかうまくいきません。当然ですよ。お薬を混ぜたご飯を食べたいとは思いませんよね。のどに関わる企業としては、この状況を放ってはおけません。介護される方、介護する方、双方のために「なんとかしたい!」と思いました。

 ところが開発は一筋縄ではゆかず、さらに「売れません」「厚生省が認めません」と社内で猛反対されました。やむなく自ら実験台になったり、介護現場の状況を伝えたりして、このゼリーによって救われる方々がいらっしゃるんだと説得し、事業化に漕ぎ着けました。

 介護施設へのこまめなアプローチやリハビリ関連の学会での発表などが効を奏してご評価いただけるようになり、小児用にもラインアップを広げ、今では一年で数百万個が売れるヒット製品に成長しました。若いお母様方から「育児ノイローゼから解放されました」という感謝の声もたくさん寄せられています。ビジネスを通してみなさまのQOL(生活の質)の向上に貢献できるということは、私たちにとってこの上ない喜びです。東日本大震災の後、被災地に3万人分の嚥下補助ゼリーをお送りしたのも、水がなくて薬が飲めずにお困りの方々のために、という気持ちからでした。こちらもお役に立てたようで、嬉しかったですね。

新製品で社会に貢献する喜び

経営と音楽の意外な共通点

 両親が音楽愛好家でアマチュア演奏家ということもあって、物心つく前からいつも身近に音楽がありました。3歳くらいでヴァイオリンを弾きはじめ、10歳の頃にフルートに出会うまで、来る日も来る日も練習していました。「どうせやるならプロを目指せ」との父の言葉もあり、高校から音楽を専攻。猛練習の甲斐あってパリ留学中、とある国際コンクールで1位を頂く機会にも恵まれました。

 ただ帰国後、父と話しているうちに、以前から興味はあったビジネスの分野で自分を磨いてみたくなり、経営陣が遠い親戚だった小林製薬で2年間、三菱化成(現在の三菱化学)で8年間お世話になった後、父に請われて1994年に龍角散に入社しました。

 ビジネスの道を選んだからには、音楽と同様、経営もプロフェッショナルとして取り組んでいます。自分もこの立場になってから気付いたのですが、ビジネスと音楽は想像以上に共通点が多いですね。音楽は感性の世界、というイメージをお持ちかもしれませんが、良い演奏をするには譜面を分析できる論理的な思考が欠かせませんし、オーケストラ演奏には、組織のマネジメントも求められます。音楽も、ビジネスも、相手の立場を考え、全体を見渡して、的確な判断を下さねばなりません。あのドラッカーも「知識を基盤とする企業にもっとも似た組織がオーケストラである」と述べていますので、音楽に携わった経験は、仕事の上でも大いに活きています。

 今でも時折、フルートの演奏はしています。場所は介護施設や、東南アジアの会食の席など様々ですが、聴いてくださっている方の表情がパッと変わるのを見るたびに、音楽の力を感じています。

経営と音楽の意外な共通点

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